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☆マサコのプロフィール
13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
属性はシャーマン。


☆ミクシに習って、ぬさんからの紹介状
不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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タグ:田中希代子 ( 60 ) タグの人気記事

小さなユダヤ人

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子供の時から、ブライロフスキーのマズルカ集がお気に入り。
op17-4 しか好きではない。
その理由は、この曲のニックネーム「小さなユダヤ人」を見た時にはっきりした。

この世や自分自身に違和感を感じ、
本当の故郷はどこにあるのか探していた私自身の気持ちを
このマズルカは代弁していた。

田中希代子さんが亡くなった後、若い頃の演奏として
TVでこの曲をアップライトピアノで弾いていらしたのを見た。
田中さんはすでにこの世の人でない印象を受けた。

今朝、それぞれの演奏を聴くと、この曲の魅力は移り変わりにある気がする。

己に心細さや惨めを感じない人は芸術がわからないと思う。
お札で固めたコンクリートの中に、心には邪悪、
そこらに脳みそのウ◯チがちらほら。

この曲はその風景に抵抗している気がする。

~~~~~~~~~~~~
youtubeには色々な人の演奏がある。

古い人からパデレフスキー。1912年録音
 https://www.youtube.com/watch?v=5RuVyTY5sl4


次はカペルかな。1951年録音
 https://www.youtube.com/watch?v=b043xqkJvkA


ルービンシュタイン。これは楽譜がついてます。
 https://www.youtube.com/watch?v=Zbxmca163Nc


リヒテル。1950年のライブのようです。
 https://www.youtube.com/watch?v=JmQv57QYRqU


ホロヴィッツ。1975年
 https://www.youtube.com/watch?v=KgXd7N9Sa2I



アファナシエフが見つからない。。。。。


~~~~~~~~
マサコの感想。

パデレフスキーの格調の高さ、品の良さ。
リヒテル・ルービンシュタインの好調(「お友達にしてください」)
ホロヴィッツ・ちょっと拒絶。
カペル・印象が薄くて2度聴いた。あまり惹きつけられない。

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by mhara21 | 2018-10-23 08:14 | エッセイ | Comments(1)

A.ルービンシュタイン・サンサーンス p協2番

アルトゥール・ルービンシュタイン(Arthur Rubinstein, 1887年1月28日 - 1982年12月20日)は17才(1904年)の時に、パリでこの曲を作曲者サン=サーンスに披露しました。

これは1975年4月、若き日のプレヴィンと共演したビデオ。
(クロイドン(ロンドン南部)のフェアフィールド・ホールで収録)


いやぁ、すごかった。
今までに聴いたルービンシュタインの演奏の中では、最高に楽しめました。

Pコンチェルト#5の田中希代子さんのようにフランスの香りはしないけれど、
一糸乱れぬテクニックで、矍鑠(かくしゃく)と正道を歩んだピアニストの名演に圧倒されました。


Saint Saëns — Piano concerto Nº 2, Arthur Rubinstein





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by mhara21 | 2018-10-05 09:44 | エッセイ | Comments(0)

見つけた!田中希代子さんのソナチネ byモニカ

その存在は知っていたけれど、手に入るものでもなく諦めていた
田中希代子さんのソナチネアルバム1の4番と5番が
youtubeにアップされていた。
ここに残しておこう。
アップしてくださった takeshi nozawa さん、有難うございました。

ソナチネ4・5番 田中希代子演奏





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by mhara21 | 2018-03-09 09:29 | エッセイ | Comments(1)

田中希代子:生誕86年・没後22年を記念して

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もしも神様が悪人を退治して、善人を守る伝説があるとしたら、
私はそれは嘘だと思う。

田中希代子さんは世界で最も謙虚で純粋、
精進の毎日で美を追求する音楽家だった。

「知性は差し出しても受け取られることがない」
という言葉通り、通俗的で汚れきった魂を愛する人たちから、
見向きもされなかった。

それはバレンボイムがシュナーベルを評した言葉に似ているかもしれない。
「シュナーベルの音楽は当時、精神的な人以外、見向きもされなかった」

台湾に日本統治時代の呼称が「火焼島(かしょうとう)
現在の呼称『緑島』がある。
中国語では「リュィタオ」
台湾語では「リョットー」
この4つの呼称を持つ島には、政治囚専用の監獄があった。
悪い人が佳い人ばかりを、デタラメに閉じ込め、迫害した。
中国本土から来た人々(国民党)の恥部というべき場所だった。

緑を愛するピアニスト・田中希代子さんは
35才から亡くなる64才21日まで、スタニスクフ・レム著「ソラリス」の
「欠陥を持った神」により、音楽囚として『緑島』に閉じ込められた。
その理由は
 「美しすぎるピアノを弾いたから」という罪

今年はコア・キフォアさんの詩を捧げます。

~~~~~~~~

  燃えよ、火燒島  柯 旗化

     ──1988年9月、十數年前緑島政治犯監獄で過ごした
       暗黒の日々を思い出して作る

  島の北端の
  丘の麓にある政治犯墓地
  この世の地獄の苦しみを嘗め盡し
  恨を飲んで死んだ獄友が
  寂しくここに眠っている

  暴政にあえぐ同胞を救う為
  尊い命を捧げた友よ
  今は人人に忘れられ
  その孤獨な魂は怒濤と化して
  晝は海に咆哮し
  夜は濱邊で號泣する

  看守の目を盗んで
  墓地の傍で
  暫し肩のもっこをおろして佇み
  死んだ獄友に向い
  頭を下げて黙祷する
  西の方眺めれば
  荒波吼える海の遙か彼方に
  台灣の山々が私を呼んでいる

  牢獄と勞働キャンプを
  轉々として既に十余年
  来る年も来る年も
  空しく素通りして
  懐かしいわが家に
  何時歸れるというあてもなく
  長年絶えずさいなまれて
  疲れ果てたこの身は
  いつまで生きて居れるやら
  小聲で妻子の名呼べば
  いつか目がうるむ

  だがもう一人の私が
  わが身を鞭打っている
  たとえ力盡きて倒れようとも
  私は依然として元の私であり
  真理はどこまでも真理である

  燃えよ火燒島
  長い年月抑えられて来た
  台灣人の怒りは
  いつか火を吹いて
  腐敗したものをきっとみな
  燒き盡してしまうだろう


  Burn, The Burning Island  Kua Ki-hua

――Written in Sep.1988 in memory of the dark days
I had as a political prisoner some fifteen years
ago on the Green Island.
[Notes]the Burning Island――an old name of
the Green Island.

  The cemetery for political prisoners
  Located at the foot of a hill
  In the northern tip of the island,
  A number of fellow prisoners
  who suffered hell on earth,
  pocketing their insults,
  are lying forlornly there.

  My friends,
  You offered your precious lives
  to save the suffering brethren.  
  But now you're forgotten by people.
  Your lonely spirits have changed
  to raging waves,
  Roar in the sea during the daytime,
  Cry bitterly on the strand
  during the night.

  Avoiding the ward's eye
  I laid down the two large
  basketful of soil carrying on
  my shoulder.
  I stood before the grave and
  prayed silently for the dead friend
  with my head bending low.

  Looking over the west
  Far beyond the surging sea
  The mountains of Taiwan
  are calling me.

  Traveling between prison and the labor camp
  For some dozen years,
  Hopelessly waiting for the day
  to return home where my heart
  has been lingering on.
  But each year passed by
  only to discourage me.
  Tortured for many a year
  I am quite worn out.
  How much longer can I live on?
  Calling my wife's and children's names
  in a low voice,
  I feel my eyes get wet.

  However another self is whipping myself.
  Even if I used up my last bit
  of strength and fell down,
  I'll still be myself as ever.
  And truth will be truth for ever.

  Burn, the Burning Island
  The fury of Formosans
  oppressed for so many years
  will burst out some day.
  The raging flames will burn out
  everything rotten without fail.

台湾語
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by mhara21 | 2018-01-16 10:55 | 田中希代子 | Comments(0)

田中希代子生誕85年・没後21年に寄せて


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緑色がお好きでいらした田中希代子さんに、
明治生まれの文豪・佐藤春夫の「田園の憂鬱」から一節をお贈ります。
写真はご主人でいらした作曲家の宍戸睦郎さんと。

〜〜〜〜〜
「何をそんなに見つめていらっしゃるの?」
彼の妻が彼に尋ねる。
「うん。あの丘だよ。あの丘なのだがね 」
「あれがどうしたの? 」
「どうもしない...... 綺麗じゃないか。何とも言えない......」
「 そうね。なんだか着物のようだわ」
この丘は渋い好みの御召の着物を着ていると、彼の妻は思っている。

それは緑色ばかりで描かれた単色画であった。
しかしこのモノクロームは、全ての優秀なそれと全く同じように、ほとんど無限な色彩をその単色の中に含ませていた。
そうして見ていれば見ているほど、その豊富が湧き出した。
一見ただの緑色の一かたまりであって、しかもそれは部分部分に応じて千差万別の緑色であった。

そうしてそれらが動かしがたい一つの色調を織りだしていた。たとえば一つの緑玉が、ただそれ自身の緑色を基調にして、しかし、それの磨かれた一つ一つの面に応じて、おのおの相異なった色と効果とを生み出しているありさまにも似ていた。
彼の瞳は、つねに喜んで その丘の上で休息をしている。
「透明な心を! 透明な心を!」   ーーー佐藤春夫「田園の憂鬱」より




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by mhara21 | 2017-02-05 00:03 | 田中希代子 | Comments(0)

田中希代子さんの文章

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田中希代子さんは母上が亡くなられた後、病状が悪化の一途を辿る時に、
フランスから両親に書き送った手紙etc..を全部焼いておしまいになった。

「アルプスの少女」の作者ヨハンナ・シュピリも同じことをしている。
 この慎ましい女性二人は、ご自分にまつわる資料を残して、
後世に名前を残したいと思わなかったのだろう。

ファンとしてはいつも、「田中先生の文章があればどんなに良かっただろう」と思わずにはいられなかった。

先日チュエボーさんのブログで、嬉しい田中先生の記事が2つアップされた。
母上との写真とご本人の文章。そして珍しいカステラの広告写真とつぶやきだ。

文章の内容にも田中先生の知性がそこはかとなく漂っている。
またカステラの甘さに寄せた彼女の芸術的信念には、やはり「少女」という言葉があった。

〜〜〜〜〜〜〜〜

ママと一緒に東京から廿(20)時間汽車にゆられて遠いH市に行った時の事です。
大きな河に面した所に宿をとりました。
お部屋のガラス窓一杯に、秋の日が差し込んで来ます。
籐椅子に凭れて(もたれて)旅の疲れを休め乍ら外を眺めると、田舎の風景がいかにものんびりと、目に映ります。
海も近いのでしょうか、朝夕潮の満干につれて、もやい船が、上に行ったり、下に流されたりしているのも、山の手に住む私には、もの珍しく感じられます。

向う岸では、赤ん坊を背負った人がゆっくりと鍬を動かして居ます。
宿の裏庭の日溜りで、”ちゃんちゃんこ”を着たお婆さんが、筵の上に坐り、一日中根気よく薪を割って居ます。
その単調なリズムが、長閑さを一層増して居ます。
子供がはしゃぐ声が聞こえるので見ると、手前の岸のひたひたと波の寄せる石畳の所で、十才位の男の子が二人面白そうに遊んで居ます。
其所に繋いである小舟に、飛び乗って見たり、船が岸からすうっと離れる所を逆に石の上に伸び映ったりして喜び騒いで居ます。
これも間もなく厭きたと見えて一人が船底に大の字になってねそべってしまいました。
一人は仕方なしに舟縁を覗いて、竹の棒で水を掻き廻して居ます。
楽し相に、見ように依っては
退屈相に時間を過ごして居ます。
都会の私共には考えられない様なこの長閑な環境。

”こんなに暢気に暮らせたらいいなぁ”とふと羨ましくなりました。
でもすぐ一方に”これでいいのかしら? このような人世ではあまりにつまらない”といふ何か物足りない淡い淋しさが心のそこにしみじみと感じられました。

田中希代子

〜〜〜〜〜〜

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  甘さをおさえて弾いてみる
  私は少女に還る
  カステーラファンタジー

      ピアニスト 田中希代子



   チュエボーなチューボーのクラシック中ブログ



・ショパン・エチュードop25-8
田中希代子 1932-1996

https://www.youtube.com/embed/TFngVxlM30k

・Kiyoko Tanaka – Nocturne in F major, Op. 15 No. 1 (1955)
 1955年ショパンコンクールライブ録音

https://www.youtube.com/watch?v=Ivs28P9CvZQ

・The V Frederic Chopin International Piano Competition 1955
表彰式

https://www.youtube.com/watch?v=0k_EzoytdZ8

・サンサーンスの第5番の協奏曲エジプト風

https://www.youtube.com/watch?v=6ihmN7Bh06Q

・美智子皇后陛下が愛された天才ピアニスト

https://www.youtube.com/watch?v=1-30pCXinDA








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by mhara21 | 2016-10-10 14:08 | 田中希代子 | Comments(0)

田中希代子を聴く

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田中希代子さんのモーツァルトピアノソナタ第11番イ長調を聴いた。
子供の頃から「ピアノピースアルバム」でトルコ行進曲だけ耳にしていたので、
全楽章の田中さんの解釈に触れたのは初めてだった。

その個性、タッチの変化、
微妙なハーモニーの浮かび上がらせ方、
田中芸術の個性である激しい気迫、
田中希代子芸術の全ての元がちりばめられていた。

あまりに個性的なので、グールドを思い出した。
そして彼がこの演奏を聴いたら、なんというかしら?と思った。
「女性にはかなわないよ」 かな。

聴き慣れたトルコ行進曲より、2楽章のメヌエットとトリオをこよなく愛する私は、
その美が私の理想とする弾きたかった音楽そのままだったので、感激した。 

このCDをネットで知る直前、心の中に田中さんのサンサーンスのピアノ協奏曲5番の一節が流れていて、どうしたのかと思っていた。
その理由は知らなかった彼女の演奏を知るまえぶれだったと思う。

田中さんは、グールドと同じで体が弱い方である。
体力的に厳しい現実を抱えて、ピアノを弾いていらしたと思う。
その現実は、しばしば愛聴する私をも脅かせてしまう。

精神力が旺盛(病弱の人の方が精神が研ぎ澄まされ、強いことがある)で
通常、鈍くて大まかな常人が持つ神経とは全く異なる世界に住んでおられる。

今日のビジネス英語で「harsh reality(厳しい現実)」が出た。
この「harsh」には思い出がある。
私自身、手が痛んでいる時のレッスンでは、先生に「harsh, harsh !」(耳障り)と言われていた。

こういう厳しい現実の中で純粋な音楽を求め続けた田中先生の精神の世界は、
かえって耳障りに聴えてしまい、あまり一般受けしないのではないだろうかと考えた夕べだった。

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by mhara21 | 2016-06-09 10:51 | 田中希代子 | Comments(0)

田中希代子さんとコロン劇場 

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今期のスペイン語講座は、スペインだけでなく南米のスペイン語を並行して教えてくださるので、面白い。
このような試みは以前、アラビア語講座でもあった。
この内容は「間違えたって平気」みたいな気楽を生徒に与えるから心が広やかになる。

今日は、アルゼンチン流のスペイン語で、コロン劇場の話が出た。
私はあっという間に田中希代子さんの思い出に包まれた。

田中先生は、世界の三大劇場と言われるコロン(これはコロンブスのこと)劇場でサンサーンスのピアノ協奏曲第5番を弾かれて、大喝采を受けられた。
こうして田中希代子さんの演奏を振り返ると、田中先生はすべてこの世のお別れとして音楽を奏でていらしたような気がする。

その儚さは、心の汚い人には、満足を得るものではなかったろうし、控えめな美しさは、我の強い人々には、物足りなかったかも知れない。
田中音楽内容は、大ラテンである一般大衆を撫でて回すようなスペイン語の雰囲気はしない。
かといって、がめつい強引なお金の、もしくは戦争国家の英語の音もしない。
秘やかな少数民族の稀なる美しい言語のピアノの世界だった。

田中希代子さんに最もふさわしいファンは、美智子皇太后だけであろうと、傍迷惑ファンである私はシュンとしているのだ。
お二人は、きっとお茶目でお笑いが大好きな、伸び伸びしたお嬢さんたちだろうと秘かに思っているけれど....。



サン=サーンスのピアノ協奏曲第5番「エジプト風」 pf田中希代子







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by mhara21 | 2016-05-11 15:12 | 田中希代子 | Comments(0)

ショパン・コンクール

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FMでショパン「前奏曲集」を聴く。
ラファウ・ブレハッチのことは全く知らない。

1. とても若い世代
2. ロシア人でない
3. 伝統を感じるからヨーロッパ系
4. 軽い
5. テクニック&音楽性 バランス良

「さて一体、どういうバックグランド?」と思案しつつ、楽しく飽きずに聴けた。

2005年のショパンコンクール優勝者とのこと。

ショパン・コンクールといえば、かつて日本が侵略したヴェトナム・中国・コリアから優勝者が出ている。

私はコンクール信者ではない。
予選で立て続けに日本人の演奏を聴いた審査員が「育っていない」と評していると聞いた。
音楽の本質をもらって育っている学生が少ないということだろう。
日本人の弾くピアノは人の心からかけ離れているのだろうか?

それでもかつて、1932年生まれの田中希代子さんを優勝者にと強く押した審査員ミケランジェリ氏。
田中ファンにとっては一番好きなお話のひとつだ。



マズルカop50


マズルカop17-4





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by mhara21 | 2016-03-08 16:27 | エッセイ | Comments(0)

田中希代子生誕84年・没後20年に寄せて 

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田中先生が生きていらしたら、2月5日で満84才。
この世を去られて2月26日で丸20年になる。

この数年、先生は夢にも現われて下さらず、淋しい思いで一杯でした。
今年の詩は、用意していたものとは違う事になったのですが、
私にとっては田中先生がソッと選んで下さったように思えます。
今の日本にほとんど消えてしまった人間の知性、欲のない謙虚な心を希代子芸術は、私たちに与え続けて下さる気持ちがしています。

佐藤春夫の訳詩集「車塵集」に寄せられた奥野信太郎氏の序文は、田中希代子氏の残された音楽を讃えるにも匹敵すると思います。
「ささやかなものは佚せられやすい。しかし真実、聡明な魂を有(も)っている人たちはその佚せられやすいささやかなもののみに感じられる美しさを喜ぶ」

 月を浮かべたる波を見て

  寒湖浮夜月
  清浅幾廻波
  莫道無情水
  情人当奈何
        王 微

 冬の湖(うみ)月をうかべて
 さざらなり寄せてよる波
 心なの水とは言はじ
 人恋ふるこころさながら


 霜下の草
  
  年少当及時 
  蹉跎日就老
  若不信儂語
  但看霜下草
        子 夜

 若き命の束の間の
 よろめき行くや老来(おいらく)へ
 わが言(こと)の葉をうたがはば
 霜に敷かるゝ草を見よ

   佐藤春夫訳詩集「車塵集」より

62人の多金持ちが人類の半分、下位35億人分の富を集めている時代。
多くの理由なき貧困と悲劇が、ごくわずがの人々によって作り出されている現実。

この現実に立ち向かえる芸術なんて、あるのかしら?


予想を超えた世界の貧富の格差





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by mhara21 | 2016-02-05 00:00 | 田中希代子 | Comments(0)