合い言葉GG
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☆マサコのプロフィール
13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
属性はシャーマン。


☆ミクシに習って、ぬさんからの紹介状
不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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フランス旅行   ただし共感覚で

 
父が残してくれた財産の多くは全集ものであった。中でも昭和38年に第1回の「フランス」が配本された「世界の文化地理シリーズ」は私の宝物である。写真が美しく、ていねいな地図がついているので、子供でも世界旅行ができる。

 私はヨーロッパにまだ一度も行ったことがないが、文学作品や紀行文で、その場に連れて行ってくれる文章に出会うと、魔法のじゅうたんに飛び乗るように地球をまわる。

 7年暮らしたトロントでは「キャラバン」という移民のお祭りがある。ロシアからの独立を主張する民族のパビリオンでの食べ物の味を思い出しながら、読むロシアものも楽しい。

 共感覚者の書いた書物は、共感覚者でない読者を魅了することは稀であるような気がしている。共感覚とは、匂い(嗅覚)、音(聴覚)、色(視覚)、味(味覚)、手触り(触覚)等の感触が入り乱れて、その人独特の感じ方を創るものである。

 ナボコフは、20世紀3大文学作品にプルーストの「失われた時を求めて」とジョイスの「ユリシーズ」、ベールイの「ペテルブルグ」を挙げている。ナボコフの愛読書である三冊の書物には共感覚的な要素を感じることがある。

 ジェースキント著「香水—ある人殺しの話」は、嗅覚の恐ろしく発達した人物を主人公に度がはずれた物語が展開する。フランスの香水の調合師たちは、選びに選び抜かれた嗅覚の持ち主で、結婚する時も鼻の血統を調べ抜くといわれる。

 共感覚は遺伝する。たとえばプルーストの母親も共感覚者であると思う。「ボードレールは半分だけ好き」と言う彼女の言葉はボードレールは共感覚者でないと感じたから、出て来たものだろう。
 共感覚者は、記憶に優れ、想像力が豊かである。仏詩人ならランボー。日本の詩人なら、谷川俊太郎と大手拓次が思い浮かぶ。

 日本人に共感覚者は極めて少ない。それは人と同じであることを求める文化土壌が、理解出来ないものを認めない傾向が強く、人と変わった表現をする共感覚者を暖かく育てられないのだと思う。
 日本の文学者には、音を聴いて色を感じる人等、いないように思うし、音楽家で色聴のある、フランス人ならメシアンのような作曲家もいない(私がまだ探し当てていないのかもしれない)。
 色にうるさいフランス人、グールドの一生と芸術を己れの哲学的解釈の中に埋め込んだ作家シュネデールは共感覚者で、それゆえに「ママン」という、プルーストの両親の話まで含めた名著を出版した。ヨーロッパの文化が日本と違って共感覚者の花盛りなのは、とてもうらやましい。

 あの長い「失われた時」(ちくま文庫・井上究一郎訳)から、私の好きなところを抜き書きする。旅行以上の旅行ができるから——。

 あすになったらすぐ1時22分のあのゆったりとした、りっぱな汽車にのりたい、と私は思った。鉄道会社の広告や、周遊旅行案内に出ているこの汽車の発車時刻を、私はいつも胸を躍らさずには読むことができないのであった。その時刻は、その日の午後の正確な1点に、興味をそそる切れこみ、神秘な目じるしをつけているように思われた。この1時22分という時刻からそれてゆく時間は、なるほどさらにその夕方へ、そのあくる朝へとつづいていた。
 しかしわれわれがその夕方や朝をむかえるのは、パリではなくて、汽車が通ってゆく町々の一つ、汽車がわれわれに選ばせてくれる町々のどれか一つにおいてであろう。なぜなら、汽車はバイユーに、クータンスに、ヴィトレに、ケスタンベールに、ポントルソンに、バルベックに、ラニヨンに、ランバルに、ブノデに、ポン=タヴェンに、カンペルレに停車しながら、満載しているそれらの数々の名を私のまえにさしだし、堂々と前進していったからであり、私はそうした名をどれも選択からもらすわけにはいかず、どれを選びだせばよかったかわからないのであった。——
中略——

 私の健康がかたまるとしたら、そしてバルベックに滞在しに行くことはかなえられないまでも、せめて一度ノルマンディかブルターニュの建築と風景に親しむために、あんなにたびたび想像のなかで走らせたあの1時22分の汽車に乗ることを両親がゆるしてくれるとしたら、私はもっとも美しい町に真先におりてみたいと思った。しかしもっとも美しい町を割りだそうとしても、それは虚しかった。たがいに置きかえられない個性的な存在のなかから、どうしてほかよりもすぐれたものを選びだすことができよう?

 ——たとえば、赤味をおびた高貴なレースをまとってあんなに背が高い、そしその建物のいただきが最後のシラブルの古い黄金に照らされている バイユーBayeux、
そのアクサン・テギュが黒木の枠で、古びたガラス戸を菱形に仕切っているヴィトレVitre、
黄色いたまご殻色から、パールグレーにおよんでいる一帯の白色のなかの、やわらかなランバルLamballe、
その脂っこい、黄ばんだ、端の二重母宇が、バターの塔を戴冠させているノルマンディの大聖堂のクータンスCoutance、
ひっそり閑とした田舎の静けさに、蠅がつきまとう駅馬車のひびきをつたえるラニヨンLannion、
詩趣ゆたかな水郷の道のほとりにちらばっている白い羽と黄色いくちばしの、ほほえましい、素朴な、ケスタンベールとポントルソンQuestambert、Pontorson、
川がその藻のまんなかへひっぱりこもうとしそうに見えるのに、あやうく岸につながっている名のブノデBenodet、
運河のみどりの水にふるえながら映ると見るまに、白く、またばらいろにさっととびたつ、軽快な羽かざりの婦人帽をつけたポン=タヴェンPont-Aven、
中世このかた、小川の流と流のあいだにますます深く根をおろし、一方いぶし銀のねたば寝刃になってしまった日の光がステーンド・グラスの窓の蜘蛛の巣越しに描きだす薄墨色の淡彩画のなかで、せせらぎの音をひびかせ飛沫の真珠を「まきちらし(サンペルレ)」ているカンペルレQuimperle、
 以上のような町々のなかから、どれを選びだすことができよう?



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by mhara21 | 2007-04-02 15:13 | エッセイ | Comments(0)
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