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☆マサコのプロフィール
13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
属性はシャーマン。


☆ミクシに習って、ぬさんからの紹介状
不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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グールドへのメール24 雑談 その2

お話は脱線していくのですが、ある人はグールドの文を読むと「家庭」と言う言葉をよく使っているとコメントしています。私自身は、全く気がつかないことでしたが、この「家庭」が実はグールドの音楽のキィ・ポイントである気はしています。コンサートでピアノを弾くことを拒否して、そればかりかコンサートへ行く人々も嫌ったグールド。部屋から部屋へ、それも音楽を一人で静かに聴く人との交流となれば、当然、愛好家の1人1人と家族関係でいられるのではないかしら?

 お話をベートーヴェンのコンツェルトに戻すとあのコンツェルトは、ゴルトベルクよりも私とあなたをつないでいます。
 青春の直中に人生の重荷を背負い込んで喘いでいた少女には、あの演奏と共に時を過ごすのが天国だったのです。

 今日多くの人々が、サウスウッドの家を見に行ったりするのもグールドに人の苦しみに身近に寄り添う力があるから。ユニークなグールドの音楽は人の悲しみを生き生きとした時間に変えていく。マイナスの渦に巻き込まれない心を導くエネルギーが内在している。だから益々あなたのピアノを聴く人が増えてくるのですね。

 いただいたレコードの5枚の内、4枚がベートーヴェンピアノ協奏曲全集で、そのことも嬉しかった。そして、82年1月19日、セントクレアのアパート近くで、車中のグールドさんをこのコンツェルトを心の中で鳴らしつつ、お見送りしました。

 うるさいファンがジッと見ているくらいで、尚、腹立たしそうに見えたように覚えているけど(今となっては)、実際は、顔をそむけて泣いてしまうような殉教者のグールドの面影でした。それなのに憧れの人に会えた嬉しさで私はグールドのやつれ果てた様子に死期が迫っていると思えませんでした。

 数年前から、親類の間で病気の噂が流れて、グールドさんも苦し紛れにヴァリムという精神安定剤を飲み続けていらしたそうですね。
 医師である友人のオストウォルドは、ゴルトベルクのフィルムの中で特に第15変奏を弾くグールドの手が薬の副作用で震えていると書いていらっしゃいました。どんなにお辛い状態でいらしたかと思うと自分の生命を削り落とすようにして、人の生命の輝きのために差し出した芸術家の一生を思うのです。

 朔太郎はニーチェのこと「殉教」といっています。
 その朔太郎も自分のことを
 「人々は私に情なくして、いつも白い眼でにらんでいた。単に私が無職であり、もしくは変人であるという理由をもって、あわれな詩人を嘲辱し、私の背後から唾をかけた。『あすこに白痴が歩いていく』さう言って人々が舌を出した」
         1925年「純情小曲集・出版に際して」より

 それにしてもあのハ長調のコンツェルト。グールドが白馬の王子さまになって人生のやり切れなさを感じている人をカナダの自宅に招待し、森に連れて行ってくれた。
 ウォルト・ディズニーのアニメのように、深い森の中で不思議なダンスを一緒に踊った感触は今も、すぐに甦るのです。
 あの自作のカンデツァ!第1楽章はフーガ。トロントで楽譜を入手して弾こうとしたけれど、むつかしかった。第3楽章はラプソディーで、「ウガシャガ・ウガシャガ」の「Ally My Love 」もしびれさせるようなセクシーな稲妻でありました。

 今日も「アキスト・ゼネコ」を聴いて涙をこぼして笑ってしまいました。
 「あんた、そんなでもうじき50?」
 むかし、インテリジェンス・テストで「知恵おくれ」って評価されたのも、まんざらでもないです。



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by mhara21 | 2006-11-13 10:12 | グールドへのメール | Comments(0)
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