合い言葉GG
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☆マサコのプロフィール
13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
属性はシャーマン。


☆ミクシに習って、ぬさんからの紹介状
不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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後追い日記1986年20・新しい下宿(11月10日)

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#11月新しい下宿

ようやく新しい下宿を決めた。
Pと言う2度離婚した女性の家だった。私の荷物の状態は買い込んだ下らない品々の袋で、それはひどかった。友人に助けられて10月末に新しい地下室の部屋に移った。これが悲劇の始まりだった。

生きているうちに会える人は極少ない。
会っても共に食事をする人はさらに少ない。
ましてや1つの家に何か月も同居するご縁は余程縁の深いものであろう。わがままでいい加減、心の汚い女性との同居では幸せになれるはずがなかった。(食事付ということだった。)

まず夜遅く練習を終えて帰る私の玄関になる台所の入り口の電気を付けてあることがなかった。表の外灯も決してつけていなかった。
ところがある日、「娘がパーティーにいって遅く帰るから電燈は消さないように」と言われた。その上「それが礼儀ってもんでしょう?」とのたもうた。消そうにもスイッチのある場所など教えてもらってもいない。その夜、明々と表の庭の外灯も入り口の電気もついていた。
こんなに高い下宿代を払っているのにと思うと腹が立ったが何も言わなかった。この灯りの無さは彼女の人に対する思いやりのない闇の世界だった。

色のステキな犬がいた。夜遅く食事をしていると私の膝頭から股にかけて顔を突っ込んで食事が終わるまで、付き合ってくれるのでとてもかわいかった。ある晩帰って来ると毛糸の帽子が切られていた。私は笑いながら捨てた。家の中に動物がいる暮らしはとても楽しかった。

またある晩、練習して疲れ切って帰ってくるとテーブルの上に犬の食器にサラダが入れてあった。「あれ、これひょっとして犬の食器じゃない?」とびっくりしてしまった。しかし犬の食器はいつも自動食洗器でほかの食器と一緒に洗っていたし、「犬は家族の一員なのだから。これでいいのかしら‥‥?」と思ってサラダを食べた。でも心の中に電気の件と同じように何かがくすぶり続けた。

地下室には自分のお金で電話を取り付けるように言われたし、私が少し長く洗濯機を使うとわざわざ上から何を洗っているのか見に来た。食事の時は、油身の大い部分をわざと私にたっぷりつけていた。

最初の主人との子供は2人で大きくなっていた。1人は農夫になっている。2度目の主人との子供も2人。娘は家に居たし、息子は寄宿舎のある私立の学校にいて、時々家に帰って来ていた。

Pは私が子供を教えて1時間に$20、00取るのは高いと言い、一体ピアノなんざ弾いて何をする気か?と尋ねた。2度目の主人が子供と過ごすために子供を迎えに来ると彼女は顔をそむけて決して見ようとしなかった。私にやっていることは全てに人にしているんだなぁとガラス戸に映る歪んだ人間関係を食事をしながら見ていた。

Pのいじめは様々であった。私は家に寄り付かなくなり、電話で現状をアナウンスしてはウサを晴らした。その時得た私の電話番号は0070番という誠に奇妙な番号だった。


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by mhara21 | 2016-11-10 00:00 | 後追い日記86年 | Comments(0)
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