合い言葉GG
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☆マサコのプロフィール
13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
属性はシャーマン。


☆ミクシに習って、ぬさんからの紹介状
不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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後追い日記1986年15・新しい先生に(9月)

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#9月-2 新しい先生に

「『パルティータ6番』と『アベッグ変奏曲』と『束の間の幻影』を弾くの」と勢いをつけてマリーナに話した。
「ちょっと待ってよ」とマリーナは当惑気味だった。
「チャイコフスキーの四季も全曲弾くわ。12月に会をするの」
「ねぇマコ。それだったら隣のMr.クバレックに習いに行かない? 彼はチャイコフスキーの『四季』全曲を弾いているわよ」

夏休み中に314のマリーナのスタジオで練習すると面白いことが起こっていた。たとえばャイコフスキー「四季」の「8月」を弾くと隣から「6月」の「舟歌」が聞こえてくる。それが止まると、向こうはしばしこちらの演奏を聴いている。4月の「松雪草」を弾くと向こうから10月の「秋の歌」が聞こえてくる。

Mr.クバレックはマリーナに誰が「四季」を弾いているのかと尋ねたそうだし、私も薄々Mr.クバレックが「四季」を練習しているのではないかと思っていた。
「ねぇ、だったら今から紹介するわ。これから学校に行ってみない?」
マリーナと私はレストランから出ると2人でMr.Kを探しに学校に行った。

「これは私の大好きな生徒です。教えて下さいませんか?とても上手です。きっと彼女を気に入りますよ」
Mr.Kはうつむいて私の靴ばかりを眺めていたが、最後に顔を上げてにっこり笑った。
「これで決まったわ」とマリーナはホッとしていた。
「Mr.Kのところに行ったら、何でもMr.Kの言うとおりにするのよ。わかったわね」と言い、マリーナは生徒のレッスンに急いで行った。

音楽を勉強した人の出鱈目な仕事がよくある。
チャランポラン、練習不足、恥知らず。
それでもとにかく舞台に上がりピアノを弾く図太い神経、こんな演奏会に行き会うことがかなりある。私の場合、体が壊れるほど、練習したのだからいい加減ではないにせよ、その体力を考えれば無謀なプログラムだった。

9月に入るとS氏が
「引っ越すことになるので新しい下宿を探してほしい。
 新しい家は小さいので、あなたを連れていけないのが残念よ」
と夫人。
なんと犬のピピンは薬物注射で殺されることになったという。
大きな犬も暮らせない小さなお家。




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by mhara21 | 2016-08-05 00:00 | 後追い日記86年 | Comments(0)
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