合い言葉GG
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☆マサコのプロフィール
13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
属性はシャーマン。


☆ミクシに習って、ぬさんからの紹介状
不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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チアーニの「Bach:パルティータ#6」に寄せて


Dino Ciani plays J.S. Bach, Partita No. 6 in E minor, BWV 830
- Live (1971)


もう1曲のバッハ
少年時代のチアーニが
バッハを弾いた後、
Dino Ciani speaks and plays Debussy - Rare Video RAI

神様再登場
・トッカータ
 素敵な演奏。テンポも適切。音の伸びも理想的。
・フーガ
 強弱の微妙についた クレッシェンド、ディミニエンドの美しい。
 神の悲嘆にくれる様子。
 ソステヌートは地球へのダメ押しのような気持ちを表している。

・アルマンド
 再び神の人間に対する感情の音を表す。

・クーラント
 「ええいッt、もうヤケクソ!!! 
  いっそのこと女でも強姦してやろうか ?」
 「女湯の覗きくらいじゃあ、おさまらない」

・Air
 グールドと正反対のヨーロピアンの解釈。
 でも、この気弱な神さまは、トボトボ街を歩くだけ。
 切ない気持ち、ため息だけは、ソプラノにしておこう。

・サラバンド
 神様「もうやだ~」@酒場
もうやだ~(悲しい顔)涙泣き顔ダッシュ(走り出す様)泣き顔泣き顔泣き顔あせあせ(飛び散る汗)泣き顔
  どなたか一緒に飲んで差し上げて。。。

・Temp do Gavotta
 夕陽新聞・隔日新聞・しんぶん青旗・汚教新聞・週刊誌「地球」 。
 各社一斉に「神様の片思い」を報道する。

・Gigue
 神様の記者会見の様子@地球人記者クラブ

〜〜〜〜〜

大好きな曲を大好きなチアーニの演奏で聴くことが出来て、
感無量の時を過ごしております。

少女の日にグレン・グールドの6番にどれだけ引き込まれたことでしょう。
32年前彼の演奏から生まれた連想は.........。

そして今日、その新たなバージョンを書くことになりました。

この曲をバトンにして皆様の幻想、空想を書いてください。


 .......ところで.......

..........この作品の作曲者は、勿論バッハ夫人でしょ?
グッド(上向き矢印)ウインク


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by mhara21 | 2017-05-27 11:19 | エッセイ | Comments(0)

バッハと官僚

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井上靖氏の自伝的要素が強い本『夏草冬濤』の中で
「豆腐と納豆 は大嫌いで、豆腐と納豆の好きなヤツはもっと嫌い」
というセリフがあった。
「嫌いな人が同じでないと友達になれない」という言葉も
「その人がどんな人か知りたければ、友人を見ればわかる」に通じる。

私はバッハが大好きだけれど、
バッハの中に特に目立って嫌いな曲が一つある。
「半音階的幻想曲とフーガ」である。

最初に聴いたのはケンプの演奏で、何ともやりきれなかった。
シュナーベルとフィッシャーの演奏も聴いたが好きになれなかった。
この曲のかもし出す「官僚的雰囲気」が耐えられなかったのである。

出だしのフレーズは、曲がどの空間に漂っているのかを示す場合が多い。
私はこの曲ではまず、高飛車で不安定さを感じる。

受けて立つ次のフレーズは、つべこべ理屈的。
勝手気ままな、絞切り口 調が思わせぶり。
決まりきったあの調子、この調子のワンパターンで、
allargando(音を強くしながら次第に遅く) で前半が終わる。

後半はテレビでよく見る官僚の答弁、
「前例がないから...」
「調査中であるので...」
の文句と共に、その顔がドアップになるシーン。
浅はかで非情な語りは口先だけのもの。欲得だけの想い。
大きな建物、座り心地のよい椅子。
「俺は偉い、権威がある」
の深い満足感で幻想曲は終わる。

続くフーガのテーマの何というみすぼらしさよ。
人のしみったれた貧しい心がメロディーになればこんなものだろうか?
それが終わりに向けて膨脹しつつラプソディ風押し付け、
「俺は人生の勝者。 敗者はおまえらだ」と言わんばかりで終わる。
曲の悪口も人の悪口と同じで、あまり言ってはいけないのかもしれない。


ピアニストでこの曲を嫌い、「一回きり」と断って弾いた人がいる。
それもあのフーガ好きがフーガを弾いていない。

グレン・グールド。

やっぱりグールドと私は友人なのだ。


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30年近く咲き続ける(しかも一輪だけ)身長60cmはある原種に近いガーベラ


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 そのアップ








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by mhara21 | 2016-09-08 13:39 | エッセイ | Comments(0)

チアーニとポリーニ

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チアーニはアルフレッドコルトーが激賞したピアニストである コルトーが心の底から認めたピアニストたちは特別な人たちだと思う

チアーニの弾くものはどれも美しい高品質であって決して人を押さないが飽きさせもせず全ての要素を備えながらも世界各国の欠点のない演奏を集めたような要素がある

1フレーズの中の起承転結更にはそのフレーズが遂行する大フレーズへの起承転結にも恵まれている

チアーニの数学の世界は馥郁たる音楽の香りに恵まれ爽やかな大気に満ちている
音符に関して量ったような正確さが、生徒に無類の清潔を教えている。
ドイツ的でありながらドイツ人の頑固で融通の利かない野暮がない
イタリア人でありながら余分な装飾がない
数字の美しさを思い存分知ることのできる男性の演奏である

このような存在が早く世を去った 返す返すも残念でたまらない

それに引き換えお金の匂いしかしない 心の冷たい演奏家が日本人には、受ける
なんとなくチアーニが政治を語ったらどんな世界になるのかと この世から想像している






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by mhara21 | 2016-06-23 23:07 | エッセイ | Comments(1)

アベッグ変奏曲 1

アベッグ変奏曲は、シューマンが、友人の愛した女性メタ・アベッグ嬢にちなんで作曲した。
(架空の伯爵令嬢パウリーネ・フォン・アベッグの名という話もある)
その主題は、ABEGGとアベッグ嬢の姓をもじった音符の配列になっている。

技巧を主とした俗っ気の多い曲だが、その雰囲気は、
ヘルダーリンの言葉「でも君は生まれたのだ。清澄な日のために」のようだ。

清楚なテーマに続く積極的な第一変奏では、左手でのテーマの再現が見事である。
第二変奏は、いかにもシューマン的。山合いの谷間に咲く花々に似た内向的な曲。
やんちゃな第三変奏曲では、右手のスケールに対し、
左手の鼓動がジャズ・ドラムの効果をあげている。
カンタービレは、物憂げな夢想がアルプスの山々にこだまする。
ジャズ・トランペットの歌い上げが、夕焼けによく似合う。
曲を締めくくるファンタジアの美しさ。
右手は16連音符の連続でクルクル廻っている。
1小節は波紋で、1フレーズ(4小節のこと)にまとまると純心さが戯れる。
23小節目から2度くり返し、3度目で高みに繋ぐモティーフは、
光太郎の「もしも智恵子が・・・」の詩を思い起こさせる。

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私は、アベッグ変奏曲に、特別な思い出がある。
シャーマンの修業が一番激しかった16〜7才の頃、
私は「アベッグ」を、クララ・ハスキルの演奏で毎日聞いていた。
ハスキルの透徹した音が忘れられない。
その頃、光太郎の「智恵子抄」全作品に触れた。
「智恵子抄」の多くの詩歌を好きになれなかった。
それはおそらく「智恵子抄」にまつわる俗性が嫌いだったため。
でもひとつだけ例外があった。

 もしも智恵子がここに居たら
 奥州南部の山の中の一軒家が
 たちまち真空管の機構となって
 無数の強いエレクトロンを飛ばすでせう

この詩歌を読んだ時、私の頭に「アベッグ変奏曲」が鳴り響いた。
「いつか私もこのエレクトロンを飛ばしたい」と願った。

アベッグを弾いて思うことは、
私にとってアベッグは「ハイジ」の面影を宿す、入間の高みを目指す曲。
またニーチエに霊感を与えたスイスのエンガディン峡谷に匹敵する名曲。
この「アベッグ」を、私は、貴重なレパートリーのひとつとしたい。 

(1994.08.28 海峡paper版11号から)

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リパッティと並ぶハスキル



アベッグ変奏曲2へ




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by mhara21 | 2014-01-21 13:22 | エッセイ | Comments(0)

ぼ け

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ほら、あの、
金沢出身の母親が早く死んだ、
花なら「アヤメ」だけが好きな、
逗子に住んだことのある、
「天守物語」を書いた作家。

その作家に挿絵を沢山描いて
花なら「アジサイ」が好きで、
ほら、鎌倉に記念館がある、あの画家。

あ〜ん、もう、どうしよう。。
二人とも名前が出て来ない。

この病気は、鶴岡出身のジョイスの「ユリシーズ」を共訳した
あの作家の名を「忘れた」頃から、というより、
「どうしても出て来ない」時より始まった。

しかし今朝は一段と忘却度が激しい。
早朝から長く朝陽に当たったせいかも知れない。
昨日、TVでキャサリーン・ヘップバーン、
マレーネ・ディートリッヒ、イングリット・バーグマンの半生を描く
ドキュメンタリーを食い入るようにみつめて、
くたびれたせいかも知れない。

何か治療薬はないものか?
何を思い出そうとしていたかさえ忘れることが
1番いいのかも知れない。


でもちゃんと覚えている。
1981年5月15日。
初めてトロントに行ったこと。
今日は30年の記念日。

でももしチアーニが生きていて、
彼を1970年代に知ったのなら、
行き先はイタリーだったかも知れない。
充分に有り得る。


イングリット・バーグマンが,
イタリーで新しいご主人と5本も映画を作り、
3人の子宝に恵まれていたこと。全く知らなかった。
彼女の最後の作品「秋のソナタ」(1978年)をぜひ観たい。
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by mhara21 | 2011-05-16 16:36 | エッセイ | Comments(0)

雲と田中希代子さん 

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雲ね、おおらかな。

「雲」を弾いたピアニストっているかな?

韓国に15才(06年当時)のスケーターがいるでしょう?あの方の足の美しいことね。
田中希代子さんの手足と重なります。

リヒテルが「ヘ長調は知性の調」と言っているけど賛成です。

私は田中さんの弾かれた「ヘ長調」の曲に特別に反応するようです。
「修道女モニカ」「サンサーンスピアノ協奏曲第5番エジプト風」
「モーツアルトのピアノソナタKV332」
没後10年の記念Dが発売されて、
とても美しい声と言葉使いに並々ならぬ脳細胞を感じています。


北海道は二風谷(ニブダニ)でとてもおいしいアスパラガス(グリーン)を作っているのを知っています。
無用ダムが出来た所です。

今年の春はいい春だぁ!





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これも漏れていたので、追加しました。
2006年に友人へ書いたもの。だから唐突に北海道。  モニカ




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by mhara21 | 2009-03-08 00:06 | 田中希代子 | Comments(0)

あめと天国 

カラ梅雨だったせいか、今日(6/24)の雨は嬉しい。
雨の音は、木の葉にあたる時に、1つ1つ違う音がする。
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 ロウ梅なら「ザラッ」。
 芙蓉なら「トスン」。
 それから土なら「スッ」。
 セメントの上なら「ポトン」。
 水漏れする雨樋からは「シャー」

結構うるさい音楽隊。


小さな雨をピアノの音にしたピアニストがいる。
筆斜−(ひっしゃ−)だ。
ナナメ向きで絹糸のような雨が土に埋もれてヌカのようになる時、
平均律の第2巻第21番変ロ長調のフーガを思う。
あるかなきか、いるかいないかわからないような存在が、
とても大切なのをこのフーガの住人は教えてくれる。
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こんな雨の日は、エドウィン・フィッシャーのことを偲びつつ、
雨の音になって、静かに土に帰る日を楽しみにする。
天国へ行くなら、第1巻第13番嬰ヘ長調のプレリュードがいいな。
入口の所で、門番とやや押し問答があるのがフーガ。
 
「ホラホラ、私はこんなにいいことしましたよ。入れなさいよ」
 「いやいや、入れる人は (小声で)コネなんですよ」
 「じゃあ、やっぱりここは地上と変わらないんだね」
 「天国なんて、人間の考えた理想だよ」
 「あっそうか、宗教は人間が作ったものだからね」

どなたか、この続きをやって下さい!
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by mhara21 | 2007-06-26 21:01 | エッセイ | Comments(0)

後追い日記84年14 ・昆 布



#昆 布

日本からの荷物に「こんぶ(昆布)」が入っていた。
祖母は、こんぶ(昆布)とその都度削ったかつお節を合わせて、お出汁を取る人だった。海の栄養分を吸収した黒い海草は、神秘的な味を提供する。

朝鮮語では「コンブ」=「勉強」のこと。
音楽を愛する人たちを育てるドイツ音楽界のような味覚と未だに明治元年のような日本の音楽の味加減。
本を沢山読み、一般教養が充実している人たちの書く文は、「コンブ出汁」が入っている。たとえば阿刀田高のように。

昆布を使わない家庭に育つと、「日高」「利尻」「羅臼」それぞれの微妙な味の違いがわからないように、音の味覚に興味がない家庭に育つとラジオからグールド、アファナシエフ、リヒテルの演奏するバッハが流れても、違いはわからない。

グールドは、コンブというよりは、独特のソースやケチャップを作ったような気がする。子供に幼い時にグールドを最初に聴かせるとエッシェンバッハやシュナーベルを好まなくなるのでは?

薄味で育てないとデリケートな味覚は育たないように、教養の高い響きがわからなくなる可能性を生む。甘辛い味付けになれた耳には、もの足らなく感じるのだ。

世の中には、絶対とか、これのみが正しいなんてことはない。「なんでもありぃ」なのだけど、母親、父親のピンからキリまで、すばらしい主婦とロクでなしの主婦に出会うと益々、マコの人間に対する好みは激しくなる。

音楽院にいると、欲深い両親に育てられる子供の演奏に触れる機会が多くなる。今日のクラシック界は子供をスターにしたいだけのヘドロがまわり切った泥沼のようだ。


next84年15へ



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by mhara21 | 2007-01-24 09:57 | 後追い日記84年 | Comments(0)

後追い日記81年2・ヴァンクーヴァーへ 

英語版1981年日記  ← クリックすると一覧が出ます。
English version of 1981 diary  ← Click here for the list.

後追い日記81年を1から読む

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#ヴァンクーヴァーへ 

ようやく抜け出せる日本。日本社会は重苦しく、自分の居場所が見つからない。マコには「日本人」という自覚はない。この国では「社会の仲間入り」をしたことがなかった。

さしづめ「粗大ゴミが、カナダへ行く」。
1952年生まれ、日本育ちのマコは、戦争による混乱や権力者による社会的抑圧など想像することもできなかった。

1998年、日本の不登校の小中学生は10万人を突破した。マコが学校に通ったのは小学5年生までだったが、学歴のない事で困ったことはない。就職のための履歴書やお見合いのための釣書を書いたことがなかったから。それは自分で食べる心配をしないでいいからであった。

28才というのにまるで小さな女の子。闘病生活が始まると自分の世界に引きこもって生きるくせがついたこと、体のこと以外は世の中の辛い現実に直面しなくていい生い立ちのせいだ。

22才の時、目が見えなく耳も聞こえない狂気に連れ込まれた。全身がしびれてゾッとするガス、体の闇の世界だった。絶望したマコは自殺しようとした。雨が降る前や風の吹く日は、体の痛みがひどくて死にたくなった。この世に生きて何のいいことがあろうか?

マコがいるのはこの世(サグ)とあの世(ナユグ)をつなぐ特殊な世界。霊能者の家に預けられた時も「こんなに霊魂が来るのでは一生苦労が絶えないね」といわれた。
チャグム皇子のように魂だけになって異界に飛んだことがある。その時の道案内人は、ニーチェの「ツァラトゥストラ」と同一人物だと言い張る。
この世の人々だけでなくあの世の人々の心の苦しみを背負う憂鬱と桁外れの魂の飛翔は、シューマンの音楽の中に表現されている。だからシューマンを愛している。

マコはウラジーミル・ナボコフと同じ「共感覚者」。共感覚者とは、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚が入り乱れて感じられる感覚であり、この才能の持ち主は記憶力が優れていることが多い。時間の感じ方が共感覚者でない人と違うことに特徴がある。

ナボコフ・ランボー・プルースト・ジョイス・スクリャービン・リヒテルは共感覚の持ち主である。音を聴くと色、形、におい、味、手触り(触感)を感じる。音を視て、どんな色か表現するのである。
「ウィルヘルム・バックハウスの音は茶色だから好きになれない」
「クラウディオ・アラウの音は熱いからきらい」
調性は「ト長調」にご執心。

自分のことは、大好きなニーチェも理解不能だと思っているので、「ニーチェなら自分のことをわかってくれる」というニジンスキー(ダンサー)がうらやましい。でも「ナボコフなら、私を理解可能」と考えている。

果たしてグールドはマコを受け入れることができるのか? マコの長年の思いがグールドに通じる日がカナダで訪れるのだろうか?

太平洋戦争で死亡した伯父のことを考える。死にたくなくても死ななければならない人生もある。地質学者でピアノが上手だった伯父は、出征の朝、ベートーヴェンのピアノソナタを弾いた。1年4ヶ月後の1945年4月1日夜半、帰国のため日本に向かっていた阿波丸は、台湾沖で、アメリカの潜水艦の襲撃を受けて海底に沈んだ。その時28才6ヵ月。

マコと同じ辰年の9月生まれの伯父。伯父は音楽を愛し、この世に思いを残してなくなった。その気持ちに報いるためにもカナダでは死にたいと思うのは止めよう。
人間の魂の中には先祖の想いが眠っているのではないだろうか? マコは血の中に伯父の音楽への想いが流れるのを感じた。

カナダでなにが起こるだろうか。でも怖いことは少しもない。グレン・グールドがカナダにいるから。ファンが高じてストーカーになれば人間怖いものなしで行動できるのは周知の事実。ただ標的に迷惑を掛けて嫌がられるか、ある種の好意を持って受け止められるか‥‥‥。

「グールドが私に会うはずがない。でも行かなければならぬ」
世界の一流品に恋する人々は、大抵しがない身の上を囲うことになる。


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by mhara21 | 2006-04-05 19:06 | 後追い日記81年 | Comments(2)

雲と田中希代子さん

雲ね、おおらかな。

「雲」を弾いたピアニストっているかな?
北海道は二風谷(ニブダニ)でとてもおいしいアスパラガス(グリーン)を作っているのを知っています。
無用ダムが出来た所です。

韓国に15才のスケーターがいるでしょう?
あの方の足の美しいことね。田中希代子さんの手足と重なります。

リヒテルが「ヘ長調は知性の調」と言っているけど賛成です。

私は田中さんの弾かれた「ヘ長調」の曲に特別に反応するようです。
「修道女モニカ」 「サンサーンスピアノ協奏曲第5番エジプト風」 「モーツアルトのピアノソナタKV332」 没後10年の記念CDが発売されてとても美しい声と言葉使いに並々ならぬ脳細胞を感じています。

今年の春はいい春だぁ!





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by mhara21 | 2006-03-07 07:56 | 田中希代子 | Comments(0)