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13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
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不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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バッハと官僚

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井上靖氏の自伝的要素が強い本『夏草冬濤』の中で
「豆腐と納豆 は大嫌いで、豆腐と納豆の好きなヤツはもっと嫌い」
というセリフがあった。
「嫌いな人が同じでないと友達になれない」という言葉も
「その人がどんな人か知りたければ、友人を見ればわかる」に通じる。

私はバッハが大好きだけれど、
バッハの中に特に目立って嫌いな曲が一つある。
「半音階的幻想曲とフーガ」である。

最初に聴いたのはケンプの演奏で、何ともやりきれなかった。
シュナーベルとフィッシャーの演奏も聴いたが好きになれなかった。
この曲のかもし出す「官僚的雰囲気」が耐えられなかったのである。

出だしのフレーズは、曲がどの空間に漂っているのかを示す場合が多い。
私はこの曲ではまず、高飛車で不安定さを感じる。

受けて立つ次のフレーズは、つべこべ理屈的。
勝手気ままな、絞切り口 調が思わせぶり。
決まりきったあの調子、この調子のワンパターンで、
allargando(音を強くしながら次第に遅く) で前半が終わる。

後半はテレビでよく見る官僚の答弁、
「前例がないから...」
「調査中であるので...」
の文句と共に、その顔がドアップになるシーン。
浅はかで非情な語りは口先だけのもの。欲得だけの想い。
大きな建物、座り心地のよい椅子。
「俺は偉い、権威がある」
の深い満足感で幻想曲は終わる。

続くフーガのテーマの何というみすぼらしさよ。
人のしみったれた貧しい心がメロディーになればこんなものだろうか?
それが終わりに向けて膨脹しつつラプソディ風押し付け、
「俺は人生の勝者。 敗者はおまえらだ」と言わんばかりで終わる。
曲の悪口も人の悪口と同じで、あまり言ってはいけないのかもしれない。


ピアニストでこの曲を嫌い、「一回きり」と断って弾いた人がいる。
それもあのフーガ好きがフーガを弾いていない。

グレン・グールド。

やっぱりグールドと私は友人なのだ。


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30年近く咲き続ける(しかも一輪だけ)身長60cmはある原種に近いガーベラ


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 そのアップ








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by mhara21 | 2016-09-08 13:39 | エッセイ | Comments(0)

シュナーベルのコミュ、見っけ

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嬉しい。たった14名だけど。
管理人の「凡才ひこぽん」さんは田中千香士さんのコミュも作っていらっしゃる。
幸せな時を過ごす。

日本でよく見かける「シュナーベルはテクニックがない」という感想。
それはピアノという畑で真剣にキィボードを体験したことのない人たちの視点ではないかと思っている。
何はともあれ、シュナーベルのオゾン・水・音楽精神はもしもそんな山があるのなら、
魂の世界で住んでみたい。


Artur Schnabel mixiコミュ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4899002
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by mhara21 | 2014-11-03 20:01 | エッセイ | Comments(0)

A・シュナーベル

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1.アルトゥール・シュナーベル 

1951年8月15日、シュナーベルは、スイスで客死した。
今年は没後56年である。
シュナーベルの若い頃の写真を見ると、きつい表情で、
恐らくユダヤ人差別の嵐の中を生き抜いた人生と思える。
第2次世界大戦直前のウィーンの知的職業は、
ほぼ、ユダヤ人によって占められていて、
そうでない人々の妬みがすごかったという噂を読んだことがある。

シュナーベルは、シャガールのようにこの地に住む所がないから、
宇宙に音楽を描いた。
その結果、人間のドロ臭い想念とはかけ離れた、
洗練された響きとなり、一般人は取りつく島がない。

彼のように、月や星に、澄んだ大気に近く
音楽を発音している人がいるだろうか?
他には、エドウィン・フィッシャーしか思い浮かばない。

グレン・グールドは、22世紀には、バッハ、モーツァルト、
ベートーヴェンと同格の音楽家に扱われるだろう。
その前に、19世紀の知性と教養に恵まれた音楽家の咲かせた花が
死滅するのは、とても淋しい。


〜〜〜〜〜

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2.シュナーベルとグ−ルド 

グ−ルドは「フィッシャーは知らない」と言い、
「ランドフスカは嫌い」とのこと。そして、
「ロザリン・チュレックのゴルトベルクを手本にした」
といち早く表明した。
それは、自分がチュレックとは比べ物にならない程、
上手に弾けたからだと思う。

もしも、グ−ルドが生きていて、
今の自分の人気に目を廻して、余裕があれば、
「シュナーベルをみならったけど、遠く及ばなかった」
と微笑むかもしれない。
グ−ルドは、「シュナーベルは10代の頃のアイドル」
と言っただけで、その後シュナーベルの名を口にしなかったようだ。
シュナーベルを乗り越えられたら、
チュレックのように「私淑した」と公言したと思う。
勿論、ベートーヴェン作品に限ってのこと。

なあんちゃって、庭のカボチャ、どうなるかな。


むかしむかし、市場の中に2件のお漬け物屋がありました。
大高、大安。
大安は秘かに「大高にはかなわない」と思っていました。
大高は店を閉じました。
何せ、大安よりは50年早い店開きでしたから。
大安は、大いに踏ん張り、今や大安のお漬け物は海外レベルで、
特にバッハは、宇宙船にまで乗っております。
大安は、縁日(地上)に強うございました。

グ−ルドファンのシュナキチを見つけたい。


〜〜〜〜〜

3.成功者とファン

「こらこら、余計なことを書くな」
「いいじゃない。こんなにグ−ルドふぁんで、
 書いた文章をお金にしていない人、いないよ」
「ついでにピアノもダメじゃない」
「いいのよ、無料程、高いものはないというから。
 私は平気よ」
「今年は、カボチャになってあげたよね」
「はい、わかっております」
「フライングソーサー、咲いていないけど、
 僕のバラ咲いていたから夕べキスしたでしょう」
「ハイハイ、それが何か?」
「もっと、歯間ブラシを使って欲しいな」
「フライングソーサーはきっと咲くわ。
 だってシュナーベルですもん。
 そうしたら、私は、花を平べったい峡谷の間において
 お眠りするのだわ。
 シュナーベル先生は一言も何も言わないのに、あんた、
 その出しゃばり振りでみんなを幸せにしたのね」




1.アルトゥール・シュナーベル 

1951年8月15日、シュナーベルは、スイスで客死した。
今年は没後56年である。
シュナーベルの若い頃の写真を見ると、きつい表情で、
恐らくユダヤ人差別の嵐の中を生き抜いた人生と思える。
第2次世界大戦直前のウィーンの知的職業は、
ほぼ、ユダヤ人によって占められていて、
そうでない人々の妬みがすごかったという噂を読んだことがある。

シュナーベルは、シャガールのようにこの地に住む所がないから、
宇宙に音楽を描いた。
その結果、人間のドロ臭い想念とはかけ離れた、
洗練された響きとなり、一般人は取りつく島がない。

彼のように、月や星に、澄んだ大気に近く
音楽を発音している人がいるだろうか?
他には、エドウィン・フィッシャーしか思い浮かばない。

グレン・グールドは、22世紀には、バッハ、モーツァルト、
ベートーヴェンと同格の音楽家に扱われるだろう。
その前に、19世紀の知性と教養に恵まれた音楽家の咲かせた花が
死滅するのは、とても淋しい。


〜〜〜〜〜

2.シュナーベルとグ−ルド 

グ−ルドは「フィッシャーは知らない」と言い、
「ランドフスカは嫌い」とのこと。そして、
「ロザリン・チュレックのゴルトベルクを手本にした」
といち早く表明した。
それは、自分がチュレックとは比べ物にならない程、
上手に弾けたからだと思う。

もしも、グ−ルドが生きていて、
今の自分の人気に目を廻して、余裕があれば、
「シュナーベルをみならったけど、遠く及ばなかった」
と微笑むかもしれない。
グ−ルドは、「シュナーベルは10代の頃のアイドル」
と言っただけで、その後シュナーベルの名を口にしなかったようだ。
シュナーベルを乗り越えられたら、
チュレックのように「私淑した」と公言したと思う。
勿論、ベートーヴェン作品に限ってのこと。

なあんちゃって、庭のカボチャ、どうなるかな。


むかしむかし、市場の中に2件のお漬け物屋がありました。
大高、大安。
大安は秘かに「大高にはかなわない」と思っていました。
大高は店を閉じました。
何せ、大安よりは50年早い店開きでしたから。
大安は、大いに踏ん張り、今や大安のお漬け物は海外レベルで、
特にバッハは、宇宙船にまで乗っております。
大安は、縁日(地上)に強うございました。

グ−ルドファンのシュナキチを見つけたい。


〜〜〜〜〜

3.成功者とファン

「こらこら、余計なことを書くな」
「いいじゃない。こんなにグ−ルドふぁんで、
 書いた文章をお金にしていない人、いないよ」
「ついでにピアノもダメじゃない」
「いいのよ、無料程、高いものはないというから。
 私は平気よ」
「今年は、カボチャになってあげたよね」
「はい、わかっております」
「フライングソーサー、咲いていないけど、
 僕のバラ咲いていたから夕べキスしたでしょう」
「ハイハイ、それが何か?」
「もっと、歯間ブラシを使って欲しいな」
「フライングソーサーはきっと咲くわ。
 だってシュナーベルですもん。
 そうしたら、私は、花を平べったい峡谷の間において
 お眠りするのだわ。
 シュナーベル先生は一言も何も言わないのに、あんた、
 その出しゃばり振りでみんなを幸せにしたのね」

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by mhara21 | 2007-08-07 21:32 | エッセイ | Comments(0)

32のピアノソナタ ・・ 酒奈鈴の録音で 


b0071688_16405.jpg ベートーヴェンは全部で32のピアノソナタを作曲した。この全ピアノソナタの中で全楽章を通して一番好きなのは第16番のト長調のソナタである。

 この曲はイタリア趣味ということで、ベートーヴェンの堅苦しさがやわらいで優美な動きが多い。ユーモアや機知に富んだモティーフに心が和む。
 私は子供の時からト長調の柔らかなパステルカラー好きで、ト長調の曲なら何でも好きになる。


b0071688_18525.jpg  ピアニストのアルトゥール・シュナーベルが1932年から1935年にかけて全曲録音したSP盤は、グレン・グールドの宝物であると同時に、私の母の10代の宝物でもあった。母は2番を愛し、終生、全楽章を家事や育児、看病の合間に弾いていた。勿論他のソナタにも打ち込んでいて、母がピアノを弾くとご飯やおやつが遅れるので腹を立てていた私であった。
しかし今となると、それは食べ物以上の親からの贈物である。

 母やグールドを夢中にさせ、今も私が首ったけのシュナーベルの演奏とは?b0071688_191936.jpg

 料理でいうと、お酒の違いである。料理に調味料としての酒の有る無し、その品質は味に大きく関わる。音楽も同じである。

 音符の一つ一つの味を充分に引き出して、かつ香り高く、全体をまとめる音楽酒の存在は、その酒が100年に1度の名酒であれば、当然、他の演奏家を大きく引き離す事になる。

b0071688_1112562.jpg 次に遠近法である。遠くはヒマラヤ連山の借景、近くに1輪の花の大写しとシュナーベルの音楽の絵は平面的ではない。

 3番目は音は澄み渡っているが、人間の恥じらい、激怒が自由に表現されていることである。

 最後に、神経は細やかなのに、ヒマラヤ聖者のように心の山を一翔びにする神業のようなアーティキュレーション(音楽の心を語る話し方の技術)である。彼のフレーズの長さは天文学的である。

b0071688_11291.jpg 全体を4小音楽におけるフレーズとは、起承転結の事で、殊にこの「承」に当たる1小節の最初の音を打つと全体のフレーズは、すぐさまバラバラになる。
節のフレーズ(小楽節)とするフレーズは珍しくないけれど、8小節のフレーズ(大楽節)、さらには16小節と、シュナーベルの場合は、時には32小節が一フレーズにまとめられていて、世界に類のない演奏となっている。言葉の意味としてのフレーズ感が、文学的である。


b0071688_116354.jpg シュナーベルの演奏を愛した母は、子供達を音楽家にしようとは思わなかった。
「シュナーベルのように弾ける人が音楽家になるのである。他の人々は止めておいた方がいい」と10代の時に心底感じたのだろう。

「音楽は趣味でやり、プロの世界から呼ばれた人だけがプロになればいい」とも言っていた。


b0071688_120172.jpg お陰さまで、私は、空を見る度にシュナーベル氏が我が家に与えて下さった幸せに感謝する。毎日の生活は音楽で飯を喰わない喜びで一杯である。

 グールドも又シュナーベルを尊敬していた。旧グールド家に飾ってあったシュナーベルのSPを見る度に、グールドに関する情報の余りない時代に、グールドの演奏を聴いただけで、
「シュナーベルに夢中だったはず」
とグールドの事を言い当てた母の洞察はスゴイと思ったものだった。

 バレンボイム(指揮者でありピアニスト)の自伝によると「精神的な人以外シュナーベルの演奏に見向きもしなかった」そうである。

 ベートーヴェンのソナタの他の曲では1番が好きだが、母はその1番が嫌いだった。弾きにくいと言っていた。
 しかし2楽章のシュナーベルの演奏は、母の話し方に似ていて、母の声音も懐かしく思い出す。

 母は私のグールド狂いとカナダ行を快く思っておらず、毎年9月25日のグールドの誕生日に、お菓子を焼くとあきれていた。自分の誕生日には焼いてくれないので怒っていたのかもしれない。

 ベートーヴェンピアノソナタ32曲の価値を世界遺産として子供に伝えた母の思慮深さと音楽への愛を思う。そしてベートーヴェンの「自由と静寂は最大の財産」という言葉を思い出す。
ベートーヴェン・シュナーベル・グールド・母と四人の音楽家に感謝の心を込めながら。

2004.3.25


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by mhara21 | 2007-03-22 09:44 | エッセイ | Comments(0)

2つのBとSとGと?

上京した時、CDショップでシュナーベルのベートーヴェンのバガテル集を見つけた。10代の頃、レコードで思いきり楽しんだ録音である。
CDの解説にシュナーベルがこの曲集をこよなく愛していたこと、第2次大戦中にラジオ放送で盛んにバガテルを演奏したとある。
10代の時は、垢抜けしているところと諧謔を聴くだけだったが、今回はシュナーベルのフレージングの作り方や音の表情が、パントマイムを見る様にわかって、改めてシュナーベルの凄さを体感している。
そして今なら、戦時中のラジオ放送にこの曲目を選んだシュナーベルの気持ちも痛い程、わかる。

バガテルには、人間の普段の顔が思い切り盛り込んであると同時に、その感情が高い天に直接つながっている貴さがちりばめられている。
人間の毒々しい思いも、ベートーヴェンの音符によって「ほら、この通り」天使の指先のようにかわいらしく、皆に喜ばれるものとなる。

シュナーベルはバガテルに思う存分「魔法の腕」をふるう。
彼はこの曲集にどんなお話を考えているのだろう。
人間は思いたぎったものを放せば、天使の羽よりも軽く、宇宙の美に身をゆだねられる。
「それには、そのドス黒い感情がなくっちゃあ」と、朗らかに励まされる曲である。
言い古された言葉でも結局「愛と真心」が一番の宝。それがどんなものか知りたかったら、バガテル(フランス語で「つまらないもの」という意味)を聴いてみて。

グールドも特にop126の美しさには参っているよう。しかも自分の録音で。ワタシかてop126全曲弾いたんだよう。ベートヴェンは作曲中、きっと好きな天使に会っていたことでしょう。



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by mhara21 | 2007-03-18 11:48 | エッセイ | Comments(0)

後追い日記84年14 ・昆 布



#昆 布

日本からの荷物に「こんぶ(昆布)」が入っていた。
祖母は、こんぶ(昆布)とその都度削ったかつお節を合わせて、お出汁を取る人だった。海の栄養分を吸収した黒い海草は、神秘的な味を提供する。

朝鮮語では「コンブ」=「勉強」のこと。
音楽を愛する人たちを育てるドイツ音楽界のような味覚と未だに明治元年のような日本の音楽の味加減。
本を沢山読み、一般教養が充実している人たちの書く文は、「コンブ出汁」が入っている。たとえば阿刀田高のように。

昆布を使わない家庭に育つと、「日高」「利尻」「羅臼」それぞれの微妙な味の違いがわからないように、音の味覚に興味がない家庭に育つとラジオからグールド、アファナシエフ、リヒテルの演奏するバッハが流れても、違いはわからない。

グールドは、コンブというよりは、独特のソースやケチャップを作ったような気がする。子供に幼い時にグールドを最初に聴かせるとエッシェンバッハやシュナーベルを好まなくなるのでは?

薄味で育てないとデリケートな味覚は育たないように、教養の高い響きがわからなくなる可能性を生む。甘辛い味付けになれた耳には、もの足らなく感じるのだ。

世の中には、絶対とか、これのみが正しいなんてことはない。「なんでもありぃ」なのだけど、母親、父親のピンからキリまで、すばらしい主婦とロクでなしの主婦に出会うと益々、マコの人間に対する好みは激しくなる。

音楽院にいると、欲深い両親に育てられる子供の演奏に触れる機会が多くなる。今日のクラシック界は子供をスターにしたいだけのヘドロがまわり切った泥沼のようだ。


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by mhara21 | 2007-01-24 09:57 | 後追い日記84年 | Comments(0)

後追い日記83年3・グールドと田中希代子 

後追い日記83年を1から読む

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#グールドと田中希代子 

マコが入会した日本の文集の編集人は「詩でない詩を書く人」だ。これではきっとうまくいかないと失望する。10代から詩に親しんで、好みの詩は、はっきりしている。

詩と音楽は似通っている。いい詩を書く人達とは、水準の高い音楽の話ができるか、もしくは語学についての音感がある、というのがマコの持論。
たとえこの2つの要素がなくとも、その人の独自の感じ方があってほしい。
ところが、彼の詩には何もなかった。

というマコもヘッポコ詩を田中希代子さんに捧げ、恥ずかし気もなく送った。
いきなり「希代子さんはバラ」と詩性も何もあったものではない詩。心やさしい田中さんは「お互いに長い闘病生活、がんばりましょう」とお返事を下さった。

マコの好きな触感を持つピアニストは、体の弱い人である。シュナーベルだけは例外。シュナーベルは、あの迫力でなぜ、てんかん発作が起きないのだろう。
グールドと田中希代子さんは身体を消耗して「皇帝」を弾いているのに、シュナーベルは一飛びで、まだ3つの山くらい翔んでみせる余裕を感じる。

グールドと田中さんは、モーツァルトの協奏曲では好みが一致したのかしら。ハ短調のみ録音が残っている。
グールドは、早くから録音に着目して、身を護ることができたけれど、田中さんは、ステージの仕事で身をすり減らされた。
グールドは、くどく文章を書き、田中さんは音楽エッセイを発表しない。音楽への思いを文にして下されば、彼女の住む世界が音楽以外にも伝わるかもしれないのに。

マコは、大好きな詩人大手拓次をいじめた、朔太郎と白秋のことを思い、10代に、自分がこの2人にそれほどすり寄らなかった訳がわかる気がした。



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by mhara21 | 2006-09-08 09:51 | 後追い日記83年 | Comments(0)

後追い日記82年20・音楽院1年目

後追い日記82年を1から読む

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#トロント音楽院1年目

2カ所の下宿で全く違った体験をして古巣の梁家にもどる。
「あちこち動いて大変だね」
またもや引っ越しの手伝いをして下さった梁氏は優しい心を持っていた。
しばらくは学生センターで
「空を飛んでいる様な顔をして、どうかしたの?」
と言われた。

せっせと音楽院に通う。環境がいいので2時間弾ける日もあった。
眉間にシワを寄せて唸る程の疲労におそわれたけれど、
アレルギーも消え、精神的な活力は夏の日射しのよう。
学校の売店でグレード9と10の課題曲や選曲を調べる。
マコは自分がグレード10のレヴェルにいると思った。
そうなるとレヴェル9になるのが嫌で勉強する。

キャンセルになったサマーコースの先生に電話をかけて、
いいピアノの先生の紹介をお願いし、Mr.ポールに電話をした。
「いずれ電話をする」というのが彼の返事。
数日後、あるスタジオで練習していると小柄な男の人が入ってくる。

「部屋を使うから、この鍵の部屋に移りなさい」
「掃除するのですか」
「何を言ってる。ピアノを弾くんだ。ここは私のスタジオだ」
 その声に聞き覚えがあった。
「Mr.ポールですか?」
「そうだが・…」
とんだ失言。掃除のおじさんと間違えたのだから。

「私、この間電話をしたマコです」
「ちょうどいい。ピアノを弾いてみなさい」
Mr.ポールは、ピアノを聴くと「これは簡単にグレード10に通るよ」と言う。

益々強カな意志をもって音楽院に通った。いつもクタクタ。
でも発熱もせず、体力はまずまず。心配になるのは、すぐに固まる筋肉のこと。

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ある日、コンサートホールをのぞくと、レオン・フライシャーがマスターコースで数人の学生を教えていた。その内の1人は、マフィアのような演奏をする、どこにでもいるタイプ。
ふいに入って来て座っているマコに暖かいまなざしを注ぐジーパン姿のフライシャー氏。威張っている日本の音楽をした先生と何と違うのだろう。

「人によっては、変ロ長調は茶色だと言っている」というフライシャーの言葉。
フライシャー氏は左手だけで演奏している。右手が具合が悪いのだ。
できれば、自分の腕のことにも理解ある先生に師事したい。
それにはフライシャー氏のような体験のある人がいい。

「あなた、日本人?」と美しい学部の女性教授が話しかけて来た。
その姓は、彼女の口元に並んでいる宝石の名だった。
お金持ちの応接間に活けられた20本のバラの花のようなピアノを弾く先生である。
この人も「出て行きなさい」とは言わなかった。

8月に入ると音楽院は、人影がまばら。
カナダ人の多くはコッテージに行くせいかもしれない。
8月31日、誰もいない音楽院で手帳を見た。
31日中、18日。1日平均60分あまり弾く事ができた。
音楽院の部屋から屋根を抜けて、どこまでも続く音楽の山がある気がした。

ようやく麓に辿り着いた。これから厳しい音楽修行が始まる。やり抜くぞ。
シュナーベルの「高く登撃するにつれ、晴朗さが得られるようになる」の言葉が好きだった。
音楽修行はマコにとってヒマラヤ登山だった。
潜在意識で5000m級の山々に咲く小さな花のみを求めていたのだろう。
頬に流れた涙を拭くと静かな音楽院を出た。



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by mhara21 | 2006-07-26 13:19 | 後追い日記82年 | Comments(1)

後追い日記82年15・トロント音楽院

後追い日記82年を1から読む

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#トロント音楽院の中に入る

体カは少しずつ増している。落ち着いて練習できる場所を探そう。音楽院に行ってみよう。貸しピアノがあるかもしれない。セントジョージの学生センターで夏の催し物の情報を集める。

快晴のある日、初めて音楽院の建物の中に入る。受付で聞くとピアノ使用料は、コースを取っている人は1時間1ドル50セント、取っていない人は5ドルとのこと。
5ドル払うと、受付のコニーはスタジオの鍵と一緒に、そっと3ドル50セントを返してきた。
「コースを取っていないといったのに…」

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そのまま受け取ったが嘘をつくのは嫌。サマースクールにコースがないか調べて申し込む。
数日後、音楽院から電話で申込者が1人なのでコースがキャンセルされたと連絡があったが、それからは1ドル50セントで通してしまった。

部屋に上がると南に窓があり、CNタワーがよく見える。ヘえーっと感心して見とれる。これがグールドの出身校なのだ。こうして音楽院に出入りするようになった。


#シュナーベルとグールド

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数日後、あるスタジオの扉に「カール・シュナーベル、マスタークラス」のパンフを見た。あのアルトゥール・シュナーベルの息子。そのマスタークラスがあるとは!! 急にシュナーベルが身近に感じられた。

マコは、シュナーベルのバッハのイタリア協奏曲の2楽章が大好きである。白い衣装の女神さまが、楚々と舞曲を踊る。やわらかなハッカの香りがする。フレーズの長さは空前である。ベートヴェンのピアノソナタはシュナーベルを聴いたら他の演奏を全く聴けなかった。

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田中希代子さんもマコの好きなイタリー趣味のベートヴェンピアノソナタ16番を録音している。2楽章はハ長調で、ロリコンのハンバ−トが、ロリータに買いそろえる下着のフリルのようなトリルが魅力的で(ベートヴェンの少女への愛が)シュナーベルの知性によって見事に表現される。マコは、このト長調のソナタが機知に富んで、しかもマイナーのソナタなので気に入っている。
田中さんは、どんな理由で、この曲を弾いていらしたのだろう。

今でも赤面するが、グールド氏に「あなたよりシュナーベルの方が好き」と手紙に書いたのだ。いつまでも会ってくれないからヤケで書いたのだろうが、おそらく綴りも違っている東洋のパー助から来た便りをグールドが読まなかったことを祈ってやまない。

母は初めてグールドの弾くベートーヴェンの後期の三大ソナタをラジオで聴いた時吹き出した。「似て非なるものね」と。ついでバッハでは「ブゾーニと同じ」と高く評価した。
フランシスが貸してくれたグールドの父親の本にドイツのある批評家が母と同じことを述べている。マコの母は子育てだけでなく芸術や学間においても心豊かだった。

 
母が1980年7月に亡くなってから、泣いたことはない。ガンで亡くなることが判った時は辛かった。霊となった母がいつもマコに連れ添っている実感はない。


あぁ、ピアノが弾きたい。体が安定するなら全コースを取って留学生になれるかも知れない。



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by mhara21 | 2006-07-21 12:46 | 後追い日記82年 | Comments(4)

後追い日記82年13・霊的体験

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#霊的体験

ジュリアの母親から「いい人にはいい人を見つけてあげたい」と、ある3世を紹介される。この出会い以降、マコはカナダ大陸に彷徨う日系娼婦たちの霊魂の成仏を手伝うことになる。人の先祖が犯した罪を知って何になる。当の子孫たちはノホホンと暮らしているのに。
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生命を1つと考えるなら、全ての人々の先祖は自分の先祖でもある。「慈悲」は、つまずいて自分では起き上がれない人に手を貸して起こす「慈」と、人の心や体の苦しみに手を当てて半分にする行いである「悲」のこと。
永遠のエネルギーから来て元に帰るべき人間が、地上のトラブルや執着、痛手によって生命の根源に戻らないのを、徳をもって手助けしていく。

霊だけが来るもの、生きている人についていてその人の背後から流れ込むものと、霊的体験は最初も途中も訳の分からないものが多い。時間が経って、謎がとけると「なあんだ」

 「素晴しい神様が守っている」と霊能者たちが言った。実際のマコは情緒不安定で悪口達者でわがままだ。
彼らはマコが「元気になって素晴しい結婚をして幸せになる」と、相談者が言って欲しいことを予言して、時間とお金を稼いだ。

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マコは自分の守護神に逢ったことがない。ピアノを弾いていると時々出てくる好きな音楽のような方なら嬉しい。たとえばシュナーベルにはどんな守護神がついておられたのだろう。

全ての恋が背後の霊魂と関わる訳ではない。謎が解ける時は、シャーロックホームズのように分析する。できることなら関わりたくない。その方が精神の調子がはずれないし、日常生活が快適に、人間らしく過ごせるから。



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by mhara21 | 2006-07-17 10:18 | 後追い日記82年 | Comments(1)