合い言葉GG
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☆マサコのプロフィール
13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
属性はシャーマン。


☆ミクシに習って、ぬさんからの紹介状
不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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カテゴリ:後追い日記81年( 74 )

後追い日記81年31・日本からのお客さま

後追い日記81年を1から読む

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#日本からのお客さま

「マコさん、お久しぶり。いやぁ、もうほんと、あなた身一つでこんな所でよくやっているよ。僕は去年、ロンドンで数ヶ月暮らしたけれど英語には参ってしまった」

日本から最初のお客、西村氏と長女の明美ちゃんがトロント入りをした。
 「あんた日本にいた時、痛々しかったけど、なかなか生き生きしている。
ところで、グールドはどうなっているの?」
「この間、レコードをいただいたわ」
「それはすごいじゃない」

「手近なところでナイアガラの滝に行こう」


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マコと父娘は、ナイアガラで、カナダ滝の観光をした。

滝の飛沫はその辺りの空気をイオン化し、人間の脳波をアルファ波、瞑想状態にする作用があるというが、俗化された巨大な滝を横から眺めても、何も感じない。
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マコは、お店で安売りのトルコ製の財布を3つ買うか2つにするか悩んだ。3つめは店の人が「本当のお買い得」といったけど、プレゼントに3つも買うのは身分不相応とやめにした。

帰りのバスの中で、マコは突如、あの滝の白いベールの向こうに16才の冬に精霊に連れて行ってもらった異界の山を思い出した。こうなると黙っていられなくなり、明美ちゃんと話し込んだ。

「ニーチェの『ツァラトゥストラ』にその山が出ていて、読んだ時、びっくりしたの。超人思想は永劫回帰とセットになっていないとやり切れるものではない。
私は20才の時、今が永遠と気づいて16才の時に授かった超人思想の重荷から解放された。
グールドもニーチェが好きらしいの。どんなに読んでいるでしょうね。ドイツ語の『超人』(u¨bermennsch)には、登高者の意味なのに、英語訳は『スーパーマン』でおかしいと思わない?
私は自分のことをグールドの演奏を聞く伴侶と思っているの」

「私の絵の先生が、芸術というのは、『他への奉仕だ』といっていたわ。あなたのように人に見えないものが観えたり、聞こえないものが聴ける人、素晴らしいなぁと思うの」
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日本では「滝行」といって小さな水量の滝に打たれる宗教的な修行の場としてとらえる滝への考えがある。
秋の陽ざしを避けられるバスの中で、マコは、紫外線の刺激から頭を守り、滝を味わいだした。

時間を超越する現実からの空想、あるいは思考力が理屈で先に行くだけの自由着想で頭がうずまく。滝は今、オゾン療法となり、マコを治癒する。2つの滝には、アメリカとカナダに彷徨う霊魂をやさしく浄める神様がいらっしゃる。
水のカーテンの奥には大きな舞台がある。カーテンをくぐり抜けるとドラマの女主人公になるマコの姿が見える。マコは今日1日を滝に住む龍神と共に過ごした気持ちになっていた。



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by mhara21 | 2006-05-12 11:03 | 後追い日記81年 | Comments(2)

後追い日記81年30・マコの日記

後追い日記81年を1から読む

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#マコの日記 10月15日

コーワン通りの角の図書館の地下でもグランド・ピアノを借りることができる。教会の暖房費が気になるのでここも使わせてもらう。ただし一人が週に2回、1回につき1時間と言われた。今日も時間を無視。「時間オーバーよ。規則は守って下さい」と館員。少しも応えない。もっともっと弾いていたい。

この間AandAレコードで、グールドのゴルトベルクのレコードを、楽譜店で「ヘンレのゴルトベルク」の楽譜を見つけた。思わず買う。

あちこちからベビーシッターを頼まれる。体の調子が良くなくても断れない。下宿の赤ん坊が泣くたびに、なぜかゴルトベルクのアリアのヴァージョンみたいに聴こえる。
 生まれたばかりの嬰児のことをトマス・マンは、「清澄、優美、平衡、共感」と形容したが、いたいけな無抵抗の生命に対する畏怖の念を抱かせる小さなものを表現出来た音楽は、あのアリアの他にあるまい。生まれたての子供の持つオーラは、神の寵愛ともいうべき光に満ちている。

バイト先で、内緒でおっぱいふくませる。子供によっては小さなお目めで睨んで吸わない人がいる。お腹が一杯の時。「お母さんじゃないって知ってるよ」と生後数か月の子供が言っている。
強く吸われると、こんなに子宮が動くのかとびっくり。
源氏物語「薄雲」の巻に紫上が出ない乳を明石姫君にふくませ、その事がエロチックだという人がいる。
いい事をしているとは思わないけれど、母親の中には、「おっぱいふくませていいわよ」という人がいる。
ゴルトベルクのレコード持参で子供とグールドを聴く。子供ながらに速いところで、「ヒュッ」というのがおもしろい。



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by mhara21 | 2006-05-11 09:26 | 後追い日記81年 | Comments(0)

後追い日記81年29・英語で話すということ

後追い日記81年を1から読む

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#英語で話すということ

教会ではピアノを弾く背中の所に大きなヒーターがあって暖かだ。帰りにスイッチを消すように言われた覚えはない。
人は自分が要求しない内に叶えられた事柄については感謝はしても忘れてしまうものなのかもしれない。
稀に牧師さんとかち合うことがあり、その時は帰ってきた。

お礼として献金をした。「無料です」と言われたけれど、「そういう訳には ‥‥」という意味でどういう英語を喋ったんだったか‥‥。
英語はいつもチンプンカンプン。彼と彼女 ( heとshe ) を間違えるなんていうのはしょっちゅうだった。

マーサは8月24日に男の子を生んでいた。その名前をマコは長い間、「ジェーン Jane 」だと思っていた。
「彼の名前はジェームスよ。ジェーンは女の子の名前」と言われるまで気が付かなかった。
そう言えばアメリカでは台風に女性の名前を付ける。「ジェーン台風」「キャスリーン台風」
そしてジェームズが男性の名前とも知っていたのだけれど、生きている人間に触れての知識ではなかった。

人前で上がってしまうと母国語でもうまく話せない。聞き取りも出来ない。外国語も同じだ。現地で英会話を覚えるのは無理な話。英会話こそ自国で学び、意味合い、程合いの加減を知っておかなければ思いもかけないところで相手の人をバカにすることになる。
1つの言葉の背後の状況を知っておくのは大切なことだった。

ラジオのテキストの丸覚え以外に下地のないマコの英語は、けもの道のよう。言葉のストレスはひどかった。
頭が回り過ぎるのか、気が走り過ぎるのか、音がつかめない。
沢田美喜さんの本に語学を身につけていれば、立派な体格や宝石以上だという言葉があった。言葉が出来ると恐怖心が少なくなり、相手も言葉上から起こる警戒心がなくなる。

仕事をするのでなければ、同じ心を持ったもの同士、テレパシー的な言語が通じる。話が出来ないよりは出来た方がいい。それが語学だった。その出来具合によって、ピンからキリまでの生活が待っているのも、他の能力と変らなかった。



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写真  ジェームスとその弟妹



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by mhara21 | 2006-05-10 10:17 | 後追い日記81年 | Comments(0)

グレン・グールドからの贈り物 2 by モニカ

グレン・グールドからマサコさんが戴いたサイン入りレコード。
「後追い27」で「28にアップする」と書いたけれど、
こんな貴重な写真を、全然関係のない記事に張り付けるのはもったいない。
そこで別記事をたてて、アップすることにした。
これで「そんな話.........」と信じてもらえない人にも、見てもらえる。

    これが、サイン付きレコード「ワーグナー」の表。
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    ワーグナーの裏。左上にサインがある。
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    サインのアップ。”For Miss Hara best wishes Glenn Gould"と書いてある。
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前に「海峡」にアップした時にも書いたけれど、しつこくもう一度!

 みなさん、有名になって人にサインをあげる時には、
 インク切れのボールペンなんかでサインしないようにしましょう。

 みなさん、有名な人からサインを貰ったら、
 そのサインが擦れないように大切にカバーをかけて保存しましょう。

後追い日記81年28を読む

後追い日記81年27・グレン・グールドからの贈り物 1へ戻る






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by mhara21 | 2006-05-09 23:45 | 後追い日記81年 | Comments(14)

後追い日記81年28・虫騒動 

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#虫騒動 

トロントは素晴しい紅葉のシーズンだ。
それだのに、家主の梁氏がどこからか持ち込んだ古い木材のお陰で、蚤だか南京虫だかすごい虫が家中に現われ、マコの新たな苦難が始まった。台所修理費用を安く上げようというのだ。

噛まれに噛まれて全身はメチャクチャ。
柔らかい所がおいしいのか胸の噛み跡を目にした人は思わず目をそらせる。
マコはアレルギーかも知れないと思い、初めの内は遠慮をしていた。
家主達も教会で噛まれているのだと言い張った。

しばらくしたら家の人々も噛まれ始めたので、真剣になり、お詫びの言葉が出た。
貧乏クジを引いたマコ。ひどい所だけでも40ヵ所の噛み口が数えられた。
それにしても4ヵ月の赤んぼうがいたのに。赤ん坊が一番に噛まれればよかった。
虫は家で一番体の弱い人から噛み始める。
マコは赤んぼより抵抗力がなかった。

薬局で求めた薬は夜寝る前に薄めて全身にかけるものだった。
既に掻きむしっている皮膚にはこの薬はこたえた。
でも新しく噛まれるよりはマシだった。
お金は色々なトラブルを解決する。家主がお金を出して新しい建材を求めていたら、虫は運ばれてこなかっただろう。

夫妻は倹約家であった。
あるとき、「ピアノを買いたいから世話をして欲しい」と頼まれた。
売り主のアパートでピアノを調べていると、やって来ての開口一番が、
「あなた達2人は友人同士か?」
「いいえ、今日会ったばかりよ」

もし仲がよければピアノの買い物でだまされると見ていた気配を感じ、感心した。



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by mhara21 | 2006-05-09 09:20 | 後追い日記81年 | Comments(2)

後追い日記81年27・グレン・グールドからの贈り物 1

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#プレゼント

「グールドさんからあなたへのレコードを預かっているわ。彼の世話をしている男性がわが家に届けたの。あいにく私は外出中だったのよ。グールドは今、とても忙しくてあなたに会えないって。マコを普通のグールドファンと間違えている。どうやってその事を伝えたらよいだろう? 手紙を書いてみようか? と話しているのよ」

 フランシスから聞いたグールドの答えは予想通り。そんなことは分かっている。たとえ暇でも会わないでしょう。

 サウスウッドの近くに用事が出来たので、約束の日時とは違うけれど我慢できずにスミス家に立ち寄る。寝ていたロバートを起こす事になり恐縮してしまった。

 かくてマコがグールドの部屋からそのまま届いたようなサイン入りレコード5枚のプレゼントを手にしたのは10月4日。その1年後にグールドは亡くなったのだ。

 宝物のレコードを抱え、ダンダス通りまで地下鉄に乗り、路面電車に乗り換えて、キラキラするオンタリオ湖にレコードの事を伝える。

 12年間グールドの世話をしていたレイ・ロバーツ氏によると、グールドは迷信的習慣で、自分のレコードを人にあげないようにしていたという。
グールドが自分のレコードを殆ど聴かないので、ロバーツ氏が「ちょうだい」と言うと「今日はいい日じゃないから」と断わられたそうだ。

 マコへのプレゼントは、非売品のワーグーナー作曲グールド編曲の「ニュールンベルクのマイスタジンガー第1幕の前奏曲」と「神々のたそがれ」から「ジークフリートの牧歌」にサインをしたものと、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲のレコードであった。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲のレコード(4枚組ー表紙は一番上の写真)

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ケースの中は左右とも解説書
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For Promotion Only
Ownership Reserved by CBS.
Sale Is Unlawful と書いてある。
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サイン入りレコードを見る グレン・グールドからの贈り物 2 へ










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by mhara21 | 2006-05-07 01:51 | 後追い日記81年 | Comments(18)

後追い日記81年26・イミグレーション パート2

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#イミグレーション パート2

 10月1日、イミグレーションの日。待合室には係官が順番が来た人の名前を呼びに自分の小さな事務室から出てくる。
 その中でこの人に当たるといいなぁと思っていた。だから彼から名前を呼ばれた時は嬉しかった。女性より男性の方が遥かにやり易いと聞いていたけれど、これ程スムーズにヴィザが出るとは。
何も話さないのに向こうから「8ヵ月でどうでしょうか?」と82年5月15日までのスタンプを押した。

イミグレーションには最初からの記録が保管されていると後に知ったけれど、この係官は気前がよかったのだろう。

 イミグレーションから躍り出るとデパートに直行。越冬用に中国製のダウンのコートを買う。26ドルもする鹿皮の手袋も買う。喜びも悲しみも買い物で表現する愚かな人間。
嬉しさの余りダウンコートを着て街を歩いた。路面電車に乗ってもジロジロと見る人はいない。外国人は人の目や顔をジーっと見るが、人と違ったことをしている人間に好奇の目を向ける人は少ない。



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by mhara21 | 2006-05-05 09:50 | 後追い日記81年 | Comments(0)

後追い日記81年25・トロントあれこれ 

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#トロントあれこれ 

語学学校のハンザのコースは1クラスだけ。
懐かしい級友のマルセイラはノースヨーク市で住み込みのベビーシッターをしていた。
「いつも一緒に寝る子はかわいい。母親なんてとんでもない職業だわよ」と結婚に憧れるマコを戒めてた。

ハンザ近くの素敵な建物に入るとレイモンド・モリヤマ設計のメトロポリタン図書館だった。
2Fで懐かしいレコードを聞くことが出来た。

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動物園、サイエンスセンター、オンタリオプレイス、どこでも1人で出かけた。

市庁舎では生きている馬に見とれていると、「ハーイ」と友好的な声が上から降ってきた。見上げると当り前だけど人が乗っていた。人間に気付かないで夢中で馬を眺めていたのだ。
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トロントはおいしくて冷たい水が出る。
茹でた2束のそうめんを水にさらす時、川で洗う白い着物のようだった。
トロントの野菜は少しアクが強く、果物も大まかに売られていた。


1人暮らしをすると自分の世話をするのに時間がかかる。
3食きちんと「食べさせる」のはなかなかの仕事だった。

台所は北側で、西に面していた。裏庭は広く、その向こうに小さな家みたいな納屋があった。台所の横のドア付き階段が、私の部屋に近かったのでよく利用した。階段の下は物入れであったが、ネズミが出て大切な日本食品を食い荒らされた。
他の下宿でも服をやられた。古い家ではあることらしく、都市部に住んでいる割には田舎生活が楽しめた。


9月は、アレルギーの状態を良くするために、練習を減らして他の事に気が向くように動いた結果、9日練習し、平均すると毎日21分の稽古となった。症状の1つである発疹は英語で rash という。日本での英会話では覚える機会のない病気の単語だった。

この下宿での静かな生活も台所改造でテンヤワンヤになるのだ。
何日かは料理が出来ず、家は古いチリや埃りで汚なくなった。

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  ↑写真は現在のメトロポリタン図書館



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by mhara21 | 2006-05-04 10:51 | 後追い日記81年 | Comments(1)

後追い日記81年24・マコの日記

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#マコの日記 8月30日

フランシスに貸してもらった本にグールドの父上ラッセル・ハーバードの名が載っていたので、電話帳で住所を調べて探検に行った。

エグリントンの駅から、東行きのバスに乗ると、見晴しのよい丘を下り、グレンがスタジオを持っているホテルの手前を折れて進む。

地図を片手にバスを降り、61 Norden Cresentをすぐに見つけた。ここなら息子の仕事場まで車で10分だ。お父さんは、離れている時も息子の仕事を見守りたいから、再婚する時、グールドの仕事場に近い場所に家を持ったのだろう。

地下鉄エグリントン駅に直結した市内市外へのバスターミナルの情景は子供の頃、父に買ってもらった本にある写真と同じでびっくり。
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(1966年6月講談社版「世界の文化地理」カナダ・メキシコ・キューバから)

国ごとに人々の生活や歴史を紹介した全集物で、本を眺めては世界旅行をしていた。ユリで有名な沖永良部島の球根が「イースターリリー」として輸出されることや、食堂の写真では恋人たちが顔を寄せあって、真剣に夕食のメニューを見ている写真があり、こう説明があった。
「紙ナプキンのレストランなら、若い2人でも予算の心配がない」

東洋の田舎者の私は金髪で柿色のスーツを着ている美人なら、お金持ちだと思ってしまう。この説明で、外国の人々の生活や人間の本当の匂いを感じた。

グールドという一文字もなかった「世界の文化地理」であった。そのことが物足りなくて、こうしてカナダまで出しゃばっている。

玄関のベルを押す勇気がなかった。ボーッとしていると近所の人が「何かご用ですか?」と声をかけてきた。
「グールドの父上のご近所でうらやましい」と言いたかった。

能無しの特派員風情で、下宿に戻る。



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by mhara21 | 2006-05-03 10:26 | 後追い日記81年 | Comments(0)

後追い日記81年23・移民プログラム

後追い日記81年を1から読む

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#移民プログラム

薬を飲み、医者に行き、8月が過ぎていく。

ピアノが弾けないので高校の校舎で行われる夜間の移民の為の英語クラスに行こうと学校に問い合わせる。
「時間に来て、クラスに入ってください」

いわれた通りに出かけて、授業が始まっている適当なクラスに飛び込む。
インド人の先生に司会をするように言われた。

授業が済むとユーゴスラビアから来た兄妹が寄って来る。
「私の国にあなたそっくりな人がいる。世界にはそっくりな人が3人いるっていうのは本当ね。髪型、アゴ、歯まで瓜二つ。声や話し方まで似ている」
兄さんもしきりにうなづいていた。

トロントは素晴しい。ヴァンクーヴァーはトロントより日本人の旅行者が多いので、彼らが移民のためのプログラムを利用しないように厳しい対応をしている。
トロントの移民のコースでは、上級クラスに上がった時、先生は「トロントにようこそ。どの位トロントに住んでいますか?」と尋ねただけ。

ユーゴ人の兄妹も夏だけトロントにいた旅行者。その後起こったユーゴの民族紛争のニュースに兄妹の無事が気になる。
学校ではポルトガル人、ヴェトナム人と知り合った。
 
昼間は医者に行くか、寝ているか、少し練習出来る時はピアノを弾いて、家で夕食を済ませる。7時頃市電に乗って明るいオンタリオ湖を眺めながらダンダスウエスト通りに着く。地下鉄に乗り換えてクリスティで降りて高校に行く。そんな生活でもトロントに迎え入れられた幸せで一杯。

新しい国に暮らし始めると、到着後すぐにショックを感じるタイプAは、可能であれば帰国する。タイプBは快適に馴染んで過ごせるが、数年経ったところでAとは違ったカルチャーショックを経験する。Bの戸惑いは深刻である。マコはBタイプだった。

7月28日~8月28日の練習時間は43、4分。弾けたのは32日のうち19日。
昔からピアノが弾けた日はとっておきの日だった。○を書いて1つの丸が30分と塗りつぶした表を壁に貼るのも楽しみだった。



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by mhara21 | 2006-05-02 09:34 | 後追い日記81年 | Comments(1)