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13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
属性はシャーマン。


☆ミクシに習って、ぬさんからの紹介状
不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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カテゴリ:後追い日記81年( 66 )

後追い日記81年42・下宿探し

後追い日記81年を1から読む

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#下宿探し

厳寒の中、家を探すのは大変だった。
バス停で駅行きのバスがようやく来た時、嬉しさの余りピョンとはねた。マコは嬉しい時、ダチョウのように歩いてジャンプする癖がある。
雪氷の上で跳ねたので滑って転び、頭を打ちつけた。待合小屋で見ていた人が目を剥いていた。

世にも下品な不動産屋の夫婦に出会い、お化け屋敷のような家に男女6人が住んでいて、まだ貸し間があるというところに連れて行かれた。

1軒はサウスウッドの近くの個人広告を見て出向いた。絵のよう美しい地区。家々はしっとりと雪の中に知性高く並ぶ。広告主の喋り方はお金に細かそう。台所は取り澄ましていて簡単なスープとサンドウィッチしか作れない風情。

英語の勉強になるかしらと思ったけれど、家に辿り着いて自分の顔を見てびっくり。
慣れない空気を吸って粘膜がどうかしたのか、山程鼻くそが押し出されている。
そう言えば彼女は私の顔をまじまじ眺めていたような。辛い寒さに肌はしびれ切って感覚がなく、分からなかった。
水臭い。親切な人なら教えてくれるだろうに。気さくでない人と暮らすのは嫌だ。

それにサウスウッド近くに暮らせば、スミス家を頼る気持ちが出ないかと心配。結局オシングトンの地下鉄駅から近いのと台所が使いやすそうなので中国人の家に決めた。



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by mhara21 | 2006-05-23 11:34 | 後追い日記81年 | Comments(3)

後追い日記81年41  ・チャンス到来

後追い日記81年を1から読む

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#チャンス到来

ゴドウスキー家の人々がいなくなった。
グールドにクリスマスカードを出してやっともらったレコードのお礼を言う。
すぐに引っ越しの準備を始める。不動産屋や新聞広告を調べて次々に家を見に行く。

その合間に、夕食を作り、前の家主梁夫婦と友人を招いた。 
彼らは探検に来たようにはしゃいでいた。
梁氏は食事の時、
「僕達がマコの引っ越しの荷物を運び込んだ時、あの人は座り込んで見ていただろう? 変な人だなぁ、どうして手伝わないのかと思ったよ」
「成金趣味の奥様がそんな事するはずないでしょ。夫人はすぐあなたの事を、背の高い格好いい人は何人?と聞いたわよ。『中国人』だというと『ポマードをぬっていないし、眼鏡も掛けていない珍しい中国人で気に入った』って」

目が大きくてメガネをかけていない梁氏は、自分がけなしていた人に好感をもたれたと知ると大喜び。

東洋人の小さな目とメガネは印象深いらしい。
リサも「パパもママも私も妹も目が大きい。日本人とか中国人は眼が小さくて、見えないからメガネをかけている。マコも目が小さいから眼鏡」と言っていた。


#数字占い

日本人の知り合いも寄ってくれた。
「私はここの住所が9番地と聞いた時から病人の多い家かなと思った。9は芸術関係にはいいけれど頭を使わない人たちには、合わない数」とマコ。

「僕の家の住所番号はどうかい?」
「160は0があるから、いい番号よ。私は0は360°と解釈している。古代インドの数学者が0を見つけた。無という概念を抽象化して、『零』という数字で表わしたのは、バラモン教の数学者。
マクルーハンは、「0」が「無限」の性格を得たのは、ルネッサンス期の絵画で「遠近法」と「消失点」が盛んになった時といっているわ。
古代エジプトでは『神を冒涜する』として遠近法の使用を禁じていたそうよ。

 「0」というと「何もない」意味と「空が無限」という観念。たとえば自分の位置から物事を見ても一部しか見えないわね。でも円周を歩き回り、違う角度から見れば事柄(庭の花木でも)は全く違って受け取れるもの。私の感じる360°は、神様の視点に近い考え方が出来やすい暗示と考えているの。私自身はほとんど「0」にご縁がない。

「0」という数字で哲学を見事に打ち出したのは画家のマレーヴィチね。ニーチェより感情の少ないわかりやすい哲学。シュプレマチズムといえば私は「ツァラトゥストラ」を丸と三角形で説明出来る。

「バレーメカニック」の丸と三角形のようにね。三角形といえばトマス・マンは「ヨゼフとその兄弟たち」で突然、エジプトでの三角形の説明をしだしたり。あのヨゼフをアセンダントが乙女座の生まれと何度も強調しているでしょう。あれはきっと乙女座の主星が水星でコミュニケーションに優れていることをいっているよ。ヨゼフの口のうまさは何度も話題になっているわ。
実は私も第一宮が乙女で水星が入っているの。

グールドの占いもしてあるわ。逢えたら話せるのが楽しみ。グールドに感じる数字は「32」。昔の家が32番地。1932年生まれ。コンサートを止めたもの32才。彼に関するものを読むと32が目立つ。32は「グッドラック」「僥倖」の意味なの、なぜかは知らないけれど。ジョイスのユリシーズには「32」が全体で11回も出てくる。共感覚者は数字につよいこだわりがある訳」

「おもしろいな。僕はあの家を買う時、住所番号が気に入って決めたのだけど、親父がカナダに来て車の免許を取ったら、番号に160の並びがあるので驚いたことがある」

「私は、72や27、916や78並びに縁があるのよ」

「それじゃあ、僕と家内の相性をみてくれる?」
マコは独学独習、得意の数字占いで座を盛り上げていた。

クリスマスまではポーランド人の家政婦さん作り置きの牛タンを茹でたものを楽しんだ。料理の時からハーブのせいか夢見るような香りが漂っていた。



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by mhara21 | 2006-05-22 09:47 | 後追い日記81年 | Comments(1)

後追い日記81年40  ・奴隷生活

後追い日記81年を1から読む


#ゴドウスキー家の奴隷生活

労働は際限がなく、マコはくたびれ切ってしまった。 疲れがひどくなっていたのか、用事を言いつけられる度に何故だか「サンキュー」としか言えなくなる。
「私の言うことにいちいち「サンキュー」と言わないでよ」と言うゴドウスキー夫人にまた「サンキュー」と答えて大笑いとなる。

「shocked」という言葉も発音も「ショックテッド」とやらかして大笑い。ボーッとした頭でフキンと雑巾を一緒に洗った時は、ゴドウスキー夫人が見たら気が狂うだろうとおかしかった。

「結婚した直後は、主人の姉妹と住んでいたの。彼女達のために毎日いろいろなことをしたわ。ある日、私やり返したの。自分でしなさいって。今のマコはあの頃の私みたいよ。マコはいい人だから、世の中の人が全部自分みたいにいい人だと思っている。私がそうじゃないことを教えてあげるわ」

「アリゾナの別荘で、主人の姉妹の物が無くなった時、主人の父は私のスーツケースを開けさせて中を調べたの。一生忘れてやらないから」
(こんなことはマコの育った環境からは想像も出来ない)

「あなたまさかここからバイバイする気じゃないでしょうね」

夫婦の寝室には小さな鍵の付いた赤い皮の宝石箱があった。いつかお金持ちと結婚して鍵のついた宝石箱を持てるかしら?
後日、宝石箱はまだ必要がないので、取り敢えず鍵だけ買ってみた。 マコも充分なバカだった。

ローズマリーはマコをお客に、子供用のイスに座ってギターを弾く真似をしながら、歌を聞かせてくれる。こんな天国から来た子供達が両親そっくりのお金と遊びだけの生活を送るようになるのはすぐのこと、この人達にとって学問や芸術はただの見栄と虚栄なのだろう。

母親が家にいなければ、子供への責任を含めて私の荷は重くなる。夜は夫婦で遊びに行くことが多く、帰りは午前様である。
両親が外出すると、子供達は、ベビーシッターに挑戦するように、羽目を外し、ギロギロした目で私がどう対応するのか見ていた。

ゴドウスキー家のクリスマスは、家族揃っていつもアリゾナへ行く。
「あなたは私達がいなくなったら、死んだ様に寝るでしょうね」



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by mhara21 | 2006-05-21 10:11 | 後追い日記81年 | Comments(0)

後追い日記81年39・ゴドウスキー夫妻

後追い日記81年を1から読む

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#ゴドウスキー夫人とゴドウスキー氏

ベビーシッターとしてゴドウスキー家に住み込んだのだが、仕事はそれだけでは済まなかった。実際の労働はひどく、1日に17時間働いたこともあった。毎日ガスレンジの掃除をしたけれど、その仕上がりの要求は異常なほど。自分では決してあれだけの手間はかけないだろう。

夫人は顔面の痛みで医者に通っていた。口の内側に白い線が走って、それを見せてくれたけれど、マコにもその経験があるので分かる。その上、長男が病気になった。
「いつもこんな状態ではないから」
と言うのだけれど、何かにつけて仕事は増えていく。子守りにしても、長時間になる。土日の休みも全くなかった。

怠け者のゴドウスキー夫人は、マコの他に週に2度、家中のシーツ替えと水場の磨き仕事に女の人を雇っていた。働いている人につきまとってちゃんとした仕事にケチを付けている。
ご用聞きのクリーニング屋さんには高圧的な態度で自分の思い通り動かそうとした。

世の中とは「楽をしよう、得をしよう、その為には人を利用しよう」とする人々で溢れているのだ。自分がしたくないことを人にやらせようとする人は、皆一様に利己主義で病的な吝嗇家である。
自分の事にはいくらでもお金を使うけれど「人を利用すること」のが唯一の人生哲学なのだ。一緒に暮らすと家庭のことや家族のバックグランドが分かる。

ウソか本当か知らないが、結婚前、ゴドウスキー夫人はスチュワーデスと高校の先生の仕事をしていたという。
夫人は思うがままにマコの仕事を増やしていった。
しかし浮いた時間で料理をきちんとする訳でもない。○○さんの奥さん、○○ちゃんのお母さんというだけで主婦は威張れる。
ボーッとした頭でもマコの批判精神だけは達者だった。

ベッドのスプリングの工場を経営しているゴドウスキー氏は1日中騒音の中にいるためか、帰宅して子供達が騒ぐのが嫌い。だから食事は丸いテーブルに大人3人、離れた所に小さいテーブルで子供3人が別に食べる。
子供達はふざけあって賑やかになる。すると父親は怒り顔。マコはテーブルで笑いを噛み殺す。

ある時、グールドから貰ったレコードを持つ、日本から来た、ピアノを弾くベビーシッターのピアノを聴こうと老夫婦やその友人、若夫婦の友人が集まった。

後の阪神淡路大震災のショックで記憶に支障が出たが、その頃のマコの記憶力は天才のよう。少し滑らかになった指で10数年前覚えた曲を楽譜もなく弾けたのは、当時はしっかり持っていたフォトグラフィックメモリーのお陰。

ゴドウスキー夫人「主人の母が言ってたわ。『体の弱いピアノ弾くお嬢さんを雇ってどうするの?』って」
ゴドウスキー氏「マコは子供の相手をするのが上手で、子供のためには、とてもいい。マコは天才だ」
 
ゴドウスキー氏は、マコを長期に雇うつもりで保険に入れていたそうだ。
ゴドウスキー家を逃げ出してからも度々電話があって、そのことを何度も言われた。
妻が人をコキ使い、金銭的にもシブチンだったから招いたことだとは気づいていない。
後釜を探し、同じことを繰り返して彼等は過ぎていく。

数年後のある日、ハートハウスでの音楽会で、ゴドウスキー夫妻を目にした。
ゴドウスキー氏が夫人に「マコがそこに居るよ」と耳打ちしていた。

また音楽院でジョーン・フィリップの先生のチャイコフスキー氏に子供たちの様子を聞いたことがある。
「ゴドウスキー家の子供達は元気ですか?」
「あの家ったら、年中旅行だとか遊びだとか、まあお金のない私たちには出来ないことばかりやって暮らしている。それだけね」
と子供達の勉強振りも含めて、すぐそんな返事が返ってきた。

両親がわがままに振る舞うから、子供がそっくり真似をしてわがままなだけなのに。それで不幸が起こって家の中はガタついている。



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by mhara21 | 2006-05-20 10:36 | 後追い日記81年 | Comments(0)

後追い日記81年38  ・3人きょうだい

後追い日記81年を1から読む


#3人きょうだい

上の息子は、病気で家にいると「マコ、一緒に遊んで‥‥」と寄って来る。へばりついて遊んでくれと言う割には、憎らしい、人を人とも思わないことを口にした。
「ピアノの練習を見てくれ」
というから、付き添うと
「そんな下手な英語で僕にピアノを教えるな」

フレデリック・フィリップという王子様のような名前を持った子供だが、マコが名前を呼ぶと兄妹揃って
「(発音が)違う、違う。お兄ちゃんの名前ではない」
と大騒ぎ。

ピアノの教則本であるメトードローズの中にフランスの古い歌「月の光に」がある。マコが習ったフランス語で歌うとこれまた「違う、違う」と言っては口を耳まで開けて笑う。

マコはローズマリーに「おもちゃのチャチャチャ」をピアノで弾いて、大袈裟なグリッサンドを付けた。ローズマリーはそれが気に入って、何かに付けて「Let's play おもちゃのチャチャチャ!」と言い、ふくよかな指で、太っちょのグリッサンドをかき鳴らしていた。
 ゴドウスキー夫人には「さくら」を教えた。柔らかな日本語が素敵だと言っていた。

 リサは実在する従姉の「ナタリー」にぞっこん参っていた。
「ナタリーがどんなに素敵か。自分はとてもかなわないわ」
「あなたもとても素敵よ」
「でももしマコがナタリーに会ったら、私なんかメじゃなくなるわ」
長男はトロント王立音楽院でピアノを習っていた。先生の名前はチャイコフスキー。
門下生の音楽会がアベニューロードの音楽院の支部で開かれるので行くことになる。

リサがトコトコと地下の私の部屋に降りてきた。
「何を着るの? 私、あなたにきれいにして来て欲しいの。洋服を見せてちょうだい」
タンスを開くと
「これを着て行って」
とカナダに来た時着ていたスリーピースを指差す。

「夏の服だから着れない。これを着るつもりよ」
と赤いワンピースを指差すと
「いいわ」
と部屋を出て行った。さすが女の子。

家の中には洋服もおもちゃも山程あった。
フランスの現代童謡のレコードの中の「ナタリー」と「電話の歌」が気に入った。
「ナタリー」は日本でいう「さっちゃん」のような小さな女の子を恋する歌だろう。
何かにつけて「ナタリー、ナタリー」と名前が繰り返された。
「電話」の方は「そらそら電話がなるぞ。もしもし、お嬢さん、奥様、旦那様」位のフランス語しか分からなかった。
メロディーの躍動感からベルが鳴って「さあ出るぞ」の冒険が感じられた。

夫人はアルジェリア出身のフランス系ユダヤ人なのでフランス語のレコードがあったのだろう。フランスの歌の美しさは、言葉のせいか特別のものがある。私はこの2曲に聞き惚れ、慰めとした。

マコは疲れていたので子供と遊ぶ時は、体を横にしたかった。
ローズマリーひとりの時は、ベッドで息を秘そめて、「オオカミが来た」と毛布をかぶってテントを張る遊びでごまかした。
引っ付くとなるとほっぺを押し付け、両腕をマコの首肩に廻して、時々、"A wolf "だけでグーといびきをかいて寝てくれた。

3人一緒の時は、ひとまとめにしてベッドに寝かして、こちらはオオカミの真似をする。
決め手は毛布をかぶせることだ。見えなくなると想像の世界に入りやすい。
「何か匂うな。男の子一人に女の子二人の匂いがするぞ。さて、どの子から食べようかな?」

クスクス笑いが始まっている。毛布の上から目星をつけて、順番に公平に体をひねる。
恐ろしそうに指をもみ込んで、違う声が上がるのを楽しむ。
「さぁて、うまいか、まずいか、、、」
最後に毛布をパーッと剥ぐと、子供達は身も世もない程、幸せそうに笑いこけていた。

ガーデンパーティーの時にジョーン・フィリップを追いかけまわして、目が合うとおにごっこを始めたけれど、よく相手になって、逃げてくれた。
子供は大人と違って愛しいとマコは残酷な家の中で、モーツァルトのオペラで遊ぶ気持ちになれた。

子供は、どうして少しの事ですぐ幸せになれるのだろう。
きっと、相手がどれ位お金を持っているか? なんて考えないからだろう。
今現在の事しか考えないから前後左右に気が散らないのだろう。



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by mhara21 | 2006-05-19 09:40 | 後追い日記81年 | Comments(0)

後追い日記81年37・住み込みベビィーシッター

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#住み込みベビィーシッター

ある晩マルセイラに電話する。
「マルセイラはロングアイランドの父親の所に帰ったわよ。あなたは誰かベビーシッターを知らない?」
「お宅にピアノはありますか?」 
「あるわよ」
というわけでゴドウスキー家の奥さんと会う。
週給20ドルでこの住み込みの仕事をすることにした。子供3人のベビーシッターである。

場所はノースヨーク市。地下鉄ドンミルズの駅からバスに乗る。
マコは数霊術から、9番地の番号に不吉な予感がした。案の定、その後の40日のひどさったら!

下の女の子2人は、次の日からどちらが新しいベビーシッターの愛を獲得するかで競争する。
二女のローズマリーは1日中歌を歌っている愛敬のよい子で3才。
父親に似た特別大きいクリスタルのような目のローズマリーは、朝、目が覚めると1番に「マコはどこ?」と聞く。
夜の添い寝は天国。羽二重モチのような肌の持ち主のローズマリーはどこまでも柔らかく体を押し付け、とっておきのキスを最愛のベビーシッターにサービスする。
かと思うとマルセイラが教えたスペイン語で1から10まで数えてみせる。

「興奮してして大きな声を出すとお姉ちゃんが怒りに来るよ」
と助言したのも束の間、すっとん狂な声を出す。
「リ、リ、リサ!!」

見ると長女のリサが亡霊の様にベッドサイドに立っている。
「ずるいわ、ローズマリーと寝るなら私とも寝てよ」

それではとリサのベッドに移動する。
リサの体は秋のオンタリオ湖のように冷たく、30cm離れてソッポを向いて寝てしまう。
これでもマコと一緒に寝たいの?
ローズマリーの濃厚な表現に慣れたマコには、物足りない。

リサが、朝顔型のコップでピンクのレモネードを飲む。口の両端から頬にかけて、ピンクのカイザル髭が付く。話していてもその髭が可笑しい。

ある日のことリサが、「ロビンソン夫人は今朝、お亡くなりになりました」
と言ってくれと頼んできた。
「どうしてそんなこと言わないといけないの?」
「どうしても言って欲しいの」
そのセリフを喋べると、突然リサは「ウォーン」と激しい身振りで号泣する。西洋のガキってどうしてこうドラマチックなのだろう。



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by mhara21 | 2006-05-18 13:22 | 後追い日記81年 | Comments(0)

後追い日記81年36・引っ越したい

後追い日記81年を1から読む

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#引っ越したい

ヴァンクーヴァーからの帰り、空からトロントの夜景を見た時、「しあわせとは何だろう?」と悲しくなる。
憧れのグールドが手にしていたレコードを贈られ、グールドのいる街に再び近づいているのに、マコの心はなぜか暗かった。

戻った下宿にはインド人の住み込みのベビーシッターが来ていた。改築以来の埃はそのまま。

ベビーシッターを頼まれたハーマイオニーの母親は新移住者だ。
開業歯科医をこれ以上増やしたくない歯科医師会の方針のために、なかなかその資格が取れず、訴訟に持ち込むための準備に時間が必要なので私を雇ってくれた。

ハーマイオニーはマコといるとミルクを沢山飲んだので、娘の食の細さを心配していた母親は喜んだ。
寝かし付ける時ハミングした子守唄は、マコの母親が唄ったフンパーディンクのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」の「夕べの祈り」。
子供の讃美歌として唄われる「お星が光る、ピカピカ」も唄った。

梁夫人からも子守をしてくれたら、下宿代と食べ物は無料でいいと言われた。でも下宿先の赤ん坊は楽しみとして相手をしたい。家主との間で労使関係を作りたくないので断わった。

この下宿は住み心地のよい所だったのに、虫騒動以来いつとはなく、「どこか新しい下宿を探して見ようかな?」という気になっていた。

Abendsegen



SUSE LIEBE SUSE
(EIA POPEIA)
ズーゼや、かわいいズーゼ(ねんねんころり)



http://www.geocities.jp/ezokashi/d_suseliebesuse.html (歌詞)
http://www.geocities.jp/ezokashi/otod/suseliebesuse.html (楽譜)


Suse, liebe Suse - Kinderlieder zum Mitsingen | Sing Kinderlieder
https://www.youtube.com/watch?v=70byA5pTyew



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by mhara21 | 2006-05-17 16:40 | 後追い日記81年 | Comments(0)

後追い日記81年35・ベートーヴェンのバガテル

後追い日記81年を1から読む

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#「バガテル」について

ベートーヴェンは、op.33の7曲、op.119の11曲、op.126の6曲のバガテルと呼ばれる曲を作曲した。バガテル曲集に含まれる個々の曲相互の間に特別な関連はなく、いくつかの小曲をまとめて曲集の形をとっている。

ベートーヴェン以前にも「バガテル」と言う名の作品はあるが、バガテルという名の作品をここまで音楽的に高めたのは、ベートーヴェンが初めてとされている。

バガテルとは、「小さなもの」あるいは「つまらないもの」といった原意である。バガテル集は、コンサートホールで聴衆を湧かすタイプの曲ではない。

バガテルはプロコフィエフの「束の間の幻影」、ドビュッシーの前奏曲、ショパンの前奏曲と同一線上にある作品とされている。

プロコフィエフの「束の間の幻影」は、現代的で宇宙空間にまたたく星の光や、そこに到達する憧れや解放を表している。バガテルは、人の不機嫌や肩のはり、ヒステリーや不和、憤激が楽しい感情にすげ替えられる。

バガテルには、憎みたくても憎めない、争いたくても争えない、人や自分を否定する事の出来ない国がある。悲観して情けながっている人が、同時に、バガテル王国にも住んでいるのだ。

人間は、自分自身を「つまらない」「小さい」と思うから、腹も立つし、悔しいけれど、実際はおもしろくて大きな不思議な力に満ちている。

ベートーヴェンはバガテル集を通して、人間が本来住んでいる心の世界を見せて、「最小は最大である」ということを私達に伝えたかったのではないでしょうか?



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by mhara21 | 2006-05-16 09:38 | 後追い日記81年 | Comments(0)

後追い日記81年34・チャイコフスキーのシーズンズその2

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   ↑コンスタンチン・コロヴィン 「ロシア 祭りの散策」 1930


#シーズンズ その2 訳詞:近藤あき子/解説:原真砂子

  7月 刈り入れ人の歌
鳴らせ、腕を!
振り上げよ、手を!
汝、顔に吹け
真昼の風よ!    A.コリツォフ

この曲で収穫している農作物はトウモロコシ。Bパートの2音のスラーがかかったモチーフが、実ったコーンをムチで叩き落としている音。Bパートをジプシー風と聞く人もいる。
1月の「炉端で」とこの歌のAパートの旋律は、ロシアの民謡風。収穫状況ではなく緑色と香りを思い起こさせる曲は、クリスティナ・ロゼッティの詩にミシェル・ヘッドが曲をつけた歌曲「緑のトウモロコシ畑」を思い出す。

  8月 収 穫
人々は家族総出で
収穫にとりかかり
背の高い麦を
根元から刈る

麦の束はぎっしりと
山積みされ
荷車からは夜どおし
キーキーと音楽が聞こえる   A.コリツォフ

この曲集では最も長い曲。Aパートは、山積みされた収穫物の中から、それぞれの農作物の精霊が出てくる。歩きまわり、飛びはねて、大騒ぎ。人間が、ぐっすり眠っている間中、精霊は、おどけたり、ふざけ合って笑い声がたっている。Bパートは、人々が天の恵みに感謝を捧げている祈り。

  9月 狩の歌
時が来た、時が来た!角笛が鳴る
猟犬番は狩猟服に身を包み
早朝、馬にまたがる
紐で繋がれたボルゾイ犬達が
とび跳ねる  A.プーシキン(「ヌーリン伯爵」)

全モチーフ、どこを取っても「狩の歌」にふさわしい曲。

  10月 秋の歌
秋が私達の粗末な庭一面に舞い降りる
黄色に色づいた葉が風で飛んでいる   A.トルストイ

セピア色と物悲しい秋がよく表現されている。昼下がりのメロドラマの主題にもふさわしい。

  11月 トロイカ
憂愁を抱いて、道を視るな
トロイカの跡を急ぐな
心の裡なる苦悩を
すみやかに永久に消せ!  (とわ)  N.ネクラーソフ

 トロイカとは3頭立ての橇(そり)のことで、冬のロシアの風物を代表していた。とても上品で優雅に仕上がった曲。ラフマニノフは、「トロイカ」を自身の演奏会のアンコールに好んで弾いた。

 12月 クリスマス
ある主顕節の夕方
娘達は占い遊びをして
靴を脱ぎ
門の外へ投げていたよ   V.ジェーコフスキー

  (主顕節=イエス洗礼祭、1月6日、聖誕生祭後12日)

不思議な妖精ノエル(フランス語でクリスマスの意味)は虹のオレンジ色の所に暮らしてい るが、クリスマスイヴになると1人ぼっちで新年を迎える人々の所へ現れる。
ダンスが上手なノエルは、踊った事のない人や病気で寝ている人と踊る。
ノエルは、訪れた人が1番逢いたがっている人々の面影を運び、喜びを与える。たっぷり 遅くするように指示のあるアルペジオは、再会を暗示しているかのよう。
Bパートで、人々は心の奥底の悲しみを語るが、ノエルは明るさで受け止める。
ノエルと過ごす夢のような7日間は、数分にしか感じない。除夜の鐘が鳴り出すとノエルは身支度を整え、虹の国に帰って行く。


絵は「チャイコフスキーの12ヶ月」から 11月


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by mhara21 | 2006-05-15 09:45 | 後追い日記81年 | Comments(0)

グレン・グールドの生家への地図など追加写真 by モニカ

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初めてのsouthwood tour の時、抱えて行った地図がでてきた。渡加以前に琴美さんから送ってもらったものだ。ワクワクと眺めた思い出深い地図。

その日記にもアップしたけれど、オリジナル日記の文を混じえながら、新しくここにも貼付けよう。
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リー通り(Lee Ave. 丸で囲んである)を上がるとグールドの通った学校が見える。
そこを右に曲がるとサウスウッド通り。北に上がって歩を進める。
(丸で囲んであるSouthwood Dr. の文字が黒くなっている所がグールドの生家)


グールドが住んでいた家(車の置いてある所。左半分のみ)。手前には沢山の木々。
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あの2階のどこかに少年時代を過ごした彼の部屋がある。

上記写真の右上にある道路表示案内のアップ
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by mhara21 | 2006-05-14 16:03 | 後追い日記81年 | Comments(1)