合い言葉GG
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☆マサコのプロフィール
13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
属性はシャーマン。


☆ミクシに習って、ぬさんからの紹介状
不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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カテゴリ:後追い日記87年( 3 )

後追い日記1987年8月10日・日 記

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1987年8月10日 日 記

姉とコインランドリー店にて洗濯中。
洗濯機は1台75セント。ドライヤーは1回25セントでこちらの方は何回か入れ続ける。頭はボーっとしている。あれこれこの世の身の上が、5年前と同じで全くわからない。

働こうにもVISAがない。2つの結婚斡旋所に申込みをして、何だか腹立たしい。帰り道、体も手も足もバラバラになるようで、家に着くなりベットに倒れ込んでしまった。

こういう文章では、あまりに味気ない。何か夏草のことでも書きたい。だのにまとまらない。カナダに住んで、カルチャーショックは経験した事はないし、手ひどい失恋もなかったし、人種差別もあまりなかったような気がする。今の下宿は、この6年の中では悪い方のひとつで、5月末、姉が来てくれなかったら、どんなにみじめな夏になっていただろうか?

 アーアー、ひとりは、嫌だ。
翌日、お見合いしたベトナム人はこの会を通して逢った女性では私が4人目にあたるといった。前の人々は、ウクライナ人、中国人、イラン人とさすがにトロントのお見合いらしく国際色豊かである。
彼は、人は戦争に対して何もできないと言う。果たして何もできないだろうか?戦争とは、私たちの心の内部にいつも起こっているもの。
どんな環境にいようと、自分の敵はいつも自分であり、人間は、神様と同じ世界に住んでいる瞬間は少ない。こうした乱れが・・・・。

私は、人類と自分に最高の期待を持っている。
そんな事より、私のオムコさんは、どこにいるのだろう?


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by mhara21 | 2017-08-15 12:11 | 後追い日記87年 | Comments(0)

後追い日記1987年6月10日 ・日記

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1987年6月10日 日 記

私は、チャールズ通りにあるトロント大学のアパートメントの、
一室から一室へと歩いていた。
ちょうど4時57分、その日がおけいこ日の5才3ヶ月の女の子の家に着いた。

私は、ティーチングは好きである。
伴奏の仕事、独奏の準備と全く同じ程。
下手な教授は人に迷惑がかかって恐ろしい気もするが、
子供とコミニケイトしていると感じる時、
子供が思いもかけない感性と成長を見せて、
何かが芽吹いていると知る時、うれしい。

学校で姉と待ち合わせ。
ロシア系ユダヤ人音楽団、トロント初登場の初舞台を見に行く。
ユダヤ人の中には、素晴らしい音楽家が多い。その秘密はどこに?
恩師マリーナ・グリガス女史もリガからのユダヤ人。
彼女の一番弟子、エリック・ジィヴィアンもユダヤ人。
この世にあまり住む所のなさそうな私も由駄也人だと感じている。

そういえば、こんな事があった。
ヤコブ・グリンガス氏と仕事をしていて、生徒さんに曲を弾いてあげる時、
二人で一緒に弾いた。
不意に私の心は幸せな気持ちで一杯になり、彼を見上げて微笑んでしまった。
弾いている間中、私の魂が彼にこう語っているのを聞いていた。

「お父さん、なんて私達は幸せなのでしょう。
 こんなに平和で美しい国に住めて、
 二人で楽器を合奏できるのはなんと喜ばしいことでしょう。
 誰も私たちをガス室に連れてゆく人間はおりません。」

私は彼の目を見つめて嬉しそうにしていて、あまりにも長いため、
グリンガス氏の頬は、赤くなったりピンクになったり、
そして白くもとに戻っていった。




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by mhara21 | 2017-06-30 12:05 | 後追い日記87年 | Comments(1)

後追い日記1987年1月17日・日 記

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#1月17日 日 記

私は、ニューヨークの地下鉄に乗っていて、これからフルトン・マーケットに連れていくという姉と共に、時間を過ごしていた。
去年は、クリスマス・イブにニューヨークに着いて、休めないままに1月4日にはトロントに戻っているはずが、病気のため滞在を延ばしていたのである。

フルトン・マーケットというのは、ニューヨークの魚市場である。市場といってもあたりは近代的なビルディングが多く、内部もモールといった雰囲気で、魚屋さんが多い他は普通の市場とそんなに変わっていない。姉は、ここが昔マフィアの巣窟で、リーダーズ・ダイジェクトに記事として載っていた刑事達の活躍により今日のような姿に変わる事ができた、と説明してくれた。私達は、生ガキ、大貝を賞味した。その後ウインドゥショッピングをする姉に、私はついていけず、近くに座り込んで、終わるのを待っていた。

年頭にあたって想う事は、女一人カナダで生きていく重みである。トロントで精一杯学び、働く私の人生は、どう考えてみても悪いものではない。


これは、1月10日午後5時前後の私の様子である。おもしろいのは、その時の私の心と書いている1月17日の私の気持ちの違い。トロントは再び、私の生活の場になった落ち着きと希望を与えている。ニューヨークを発つ日の明け方グレン・グールドの夢を見た。私をトロントに連れて帰るのが嬉しくてたまらない様子で、その事が、私を励ましてくれている。
 
彼を慕ってトロント入りした私は、音楽家として彼が、私達に残して下さったものと共に、私の願いが叶う日のために懸命に生きていくのみである。






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by mhara21 | 2017-01-17 00:00 | 後追い日記87年 | Comments(0)