合い言葉GG
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☆マサコのプロフィール
13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
属性はシャーマン。


☆ミクシに習って、ぬさんからの紹介状
不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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後追い日記82年31・10月8日

後追い日記82年を1から読む

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#10月8日

音楽院には、目を真っ赤に泣きはらした人が目についた。
コンサート・ホールでグレン・グールドの死を悼む集まりがあり、校長先生のスピーチもあった。

廊下の貼紙 
「グレン・グールドの追悼式のためのボランティアは、10月15日にブルーア通り東のセント・ポールズ・アングリカン・チャーチに集まって下さい。グールドの友人だった人は、皆、行きましよう」

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午後、サウスウッド32番地に足を伸ばす。スミス宅には、スミス夫人フランシスの姉、クリスティーヌが遊びに来ていた。

「グールドは死後、どうしているかしら?」 とクリスティーヌ。
「幸せな人だったから安らかでいると思うわ」

「あなたはグールドが生まれ変わると思う?」とクリスティーヌ
「わからない。グールドはニーチェの生まれ変わりではないか?と思っているの。グールドはニーチェにとてもよく似ている」

「まぁ、あなたはニーチェに興味があるの?」とクリスティーヌ
「ええ。日本には、ニーチェはヘルダーリンが『輪廻転生』したのではというファンタジーを持つニーチェ学者がいる。あの2人、似ているの。私が13歳の時から狂おしくグールドを慕い執着した結果、彼がこんなに早く最後を迎えることになったのではないかと思うの」
「とんでもない!  愛、愛だから大丈夫よ」

  愛?  これが愛?
  この17年間の思いが愛ですって?
  そんなの間違っている。

マコは心の中でそう思った。  


この時、この家に生まれ青年になっても暮らしていたグールドは、懐かしい家での3人の女性のおしゃべりに耳を傾けていた。

フランシスはカトリツク信者。マコの過去の話に「私、そういう話し信じるわ」と言うのだった。
「最初に逢ったとき、マコはグールドの他のファンとは全く違う人だと思った。マコがグールドに逢えるようになることを、絶対あきらめないわ」と励ますのが常だった。

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マコは万感の思いでサウスウッド32番地から、学校のある通りへと歩いていた。
 ……誰がこのドンデン返しを想像していただろうか?
マコをはげまし続けてくれる音楽を奏でた最愛の人は、この世にはいないのだ。その手に触れ、姿を見ることなく生きて行くのだ。

右肩ごしに暖かいファッとした霊のような固まりを感じた。
−− まさか! でもあり得る −−
−− だけど今は嫌。混乱しすぎている −−

ヒマラヤシーダーの繁る公園はそのままだったけれど、オンタリオ湖の青い湖面が遠くに続くだけの、湖岸の風景が寂しく目に入ってきた。

夜、学校にピアノの練習に行く。8時以降は先生方のレッスンが減って、学生たちが練習しやすい。

頬の下を押し続けているサインには気付いていた。痛いところだらけの体だが、痛みとは違っていた。グレン・グールドの霊魂が来ているとは思いたくない。霊魂に振り回されて気が狂ったらいけない。無視しよう。
でも練習がすんで、学校の正面玄関に通じる階段を降りる時、たまりかねて尋ねた。

「午後からずっと右のほっぺたの所にいるのはグールドさん?もしも、私の所に来ていらっしやるのなら、何か喋って下さいませんか?」

グレン・グールドは立て板に水の如く話し始めた。



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by mhara21 | 2006-08-06 11:20 | 後追い日記82年 | Comments(1)
Commented by mhara21 at 2006-08-09 00:15
写真1は音楽院のホールでの追悼会の案内。下(黄色の紙)15日の追悼式について事務所でもらった場所と集合時間のメモ。
この追悼式では、マサコさんは「お手伝いをした」と言っていたように思うのですが......モニカ
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