合い言葉GG
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☆マサコのプロフィール
13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
属性はシャーマン。


☆ミクシに習って、ぬさんからの紹介状
不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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後追い日記81年39・ゴドウスキー夫妻

後追い日記81年を1から読む

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#ゴドウスキー夫人とゴドウスキー氏

ベビーシッターとしてゴドウスキー家に住み込んだのだが、仕事はそれだけでは済まなかった。実際の労働はひどく、1日に17時間働いたこともあった。毎日ガスレンジの掃除をしたけれど、その仕上がりの要求は異常なほど。自分では決してあれだけの手間はかけないだろう。

夫人は顔面の痛みで医者に通っていた。口の内側に白い線が走って、それを見せてくれたけれど、マコにもその経験があるので分かる。その上、長男が病気になった。
「いつもこんな状態ではないから」
と言うのだけれど、何かにつけて仕事は増えていく。子守りにしても、長時間になる。土日の休みも全くなかった。

怠け者のゴドウスキー夫人は、マコの他に週に2度、家中のシーツ替えと水場の磨き仕事に女の人を雇っていた。働いている人につきまとってちゃんとした仕事にケチを付けている。
ご用聞きのクリーニング屋さんには高圧的な態度で自分の思い通り動かそうとした。

世の中とは「楽をしよう、得をしよう、その為には人を利用しよう」とする人々で溢れているのだ。自分がしたくないことを人にやらせようとする人は、皆一様に利己主義で病的な吝嗇家である。
自分の事にはいくらでもお金を使うけれど「人を利用すること」のが唯一の人生哲学なのだ。一緒に暮らすと家庭のことや家族のバックグランドが分かる。

ウソか本当か知らないが、結婚前、ゴドウスキー夫人はスチュワーデスと高校の先生の仕事をしていたという。
夫人は思うがままにマコの仕事を増やしていった。
しかし浮いた時間で料理をきちんとする訳でもない。○○さんの奥さん、○○ちゃんのお母さんというだけで主婦は威張れる。
ボーッとした頭でもマコの批判精神だけは達者だった。

ベッドのスプリングの工場を経営しているゴドウスキー氏は1日中騒音の中にいるためか、帰宅して子供達が騒ぐのが嫌い。だから食事は丸いテーブルに大人3人、離れた所に小さいテーブルで子供3人が別に食べる。
子供達はふざけあって賑やかになる。すると父親は怒り顔。マコはテーブルで笑いを噛み殺す。

ある時、グールドから貰ったレコードを持つ、日本から来た、ピアノを弾くベビーシッターのピアノを聴こうと老夫婦やその友人、若夫婦の友人が集まった。

後の阪神淡路大震災のショックで記憶に支障が出たが、その頃のマコの記憶力は天才のよう。少し滑らかになった指で10数年前覚えた曲を楽譜もなく弾けたのは、当時はしっかり持っていたフォトグラフィックメモリーのお陰。

ゴドウスキー夫人「主人の母が言ってたわ。『体の弱いピアノ弾くお嬢さんを雇ってどうするの?』って」
ゴドウスキー氏「マコは子供の相手をするのが上手で、子供のためには、とてもいい。マコは天才だ」
 
ゴドウスキー氏は、マコを長期に雇うつもりで保険に入れていたそうだ。
ゴドウスキー家を逃げ出してからも度々電話があって、そのことを何度も言われた。
妻が人をコキ使い、金銭的にもシブチンだったから招いたことだとは気づいていない。
後釜を探し、同じことを繰り返して彼等は過ぎていく。

数年後のある日、ハートハウスでの音楽会で、ゴドウスキー夫妻を目にした。
ゴドウスキー氏が夫人に「マコがそこに居るよ」と耳打ちしていた。

また音楽院でジョーン・フィリップの先生のチャイコフスキー氏に子供たちの様子を聞いたことがある。
「ゴドウスキー家の子供達は元気ですか?」
「あの家ったら、年中旅行だとか遊びだとか、まあお金のない私たちには出来ないことばかりやって暮らしている。それだけね」
と子供達の勉強振りも含めて、すぐそんな返事が返ってきた。

両親がわがままに振る舞うから、子供がそっくり真似をしてわがままなだけなのに。それで不幸が起こって家の中はガタついている。



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by mhara21 | 2006-05-20 10:36 | 後追い日記81年 | Comments(0)
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