合い言葉GG
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☆マサコのプロフィール
13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
属性はシャーマン。


☆ミクシに習って、ぬさんからの紹介状
不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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後追い日記81年17・イミグレーション

英語版1981年日記  ← クリックすると一覧が出ます。
English version of 1981 diary  ← Click here for the list.

後追い日記81年を1から読む

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#イミグレーション

6月23日イミグレーションには1人で行った。

「白人に付いて行ってもらうとちがうのよ」
と聞いていたけれど、必要を感じなかった。
係官には相当な嘘をついた。
嘘をつく必要のない日本時代に比べ、
カナダでは嘘をつくことが多かった。例えば
「私は学校を終えると(学歴なし)、姉の法律事務所で秘書になりました」
「姉は忙しく、私は大変有能であったので(まるで無能)、代りの人がいないまま、殆ど休みも取らずに働き通しました(具合が悪くてほとんど寝ていた)」

「今年、長期の旅行を計画して休みを取りました。まずカナダからヨーロッパに回るか南米に行きたいと思っていましたが、カナダでこの国に恋をしました(移民官がにっこり笑う)」
「せっかくなのでもうしばらくいたいのです。英語学校にも通っています」

「それに私がカナダにいると日本から友人が沢山観光に来るのです(誰もまだ来ていない)。これはカナダにとっても収入面でいいことでしょう?」 

どこまで口が回るのか自分でも見当がつかないが、一般には海外では喋りすぎで怒られることはない。でも殊勝に

「英語だからよく説明できないのですが ‥‥」
「よく出来ていますよ」

「帰りの航空券も買ってあります」
 こうして飛行機の出発日10月3日までのヴィザが降りた。

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英語で一番困ったのは銀行での会話。全く喋れなかった。
ラジオの英会話のテキストに出てこなかったので覚えて使える言い回しがなかったのだ。下宿近くのドミニオン銀行に口座を開きに行った時にはパニックで全身汗をかいた。

日本ではピアノのみならず、英語を学んだ期間も殆どなかった。
やりたくてもピアノと同じ位にしか関われない高嶺の花の勉強の類いは、頭がのぼせて発作によくなかったし、痛みはきつくて事柄に集中できなかった。

トロントで1ヵ月過ごしたある日、痛みが薄らいでいることに気付いた。
うっすらではあるが生きて行くのが楽になった。湿度のせいだろう。

秋の木の葉の状態を比べるとすぐ分かる。
トロントでは敷石や土の上に落ちる葉は乾いていて、蹴ると四方に飛び散った。
ところがヴァンクーヴァーでは晴れの日でも見るからにペチョっとしていて、
木の葉同士が湿気のためにへばりついていた。
トロントの地面からは磁場というのか、グーとエネルギーが足の裏から伝わってくる。



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by mhara21 | 2006-04-23 11:14 | 後追い日記81年 | Comments(3)
Commented by mhara21 at 2006-04-27 02:11
イミグレーションでの苦労の後が一杯のパスポート。
沢山のお話を作ってもらった、81年4月1日から、83年9月16日までの滞在許可書です。 モニカ
Commented by mhara21 at 2006-04-27 09:54
この日に83年9月16日まででたのですか?
4月1日は最初の入国で、1度目でそんなに長く?
Commented by mhara21 at 2006-04-27 21:16
ちがうちがう、スタンプが沢山あるでしょ。
この1つ1つが、延長の印なんですよ。

81年4/1-6/30、6/23-10/3、10/1-82年5/15、
82年5/13-9/30、ここまでが観光ヴィザ。

この次の学生ヴィザ申請はトロント市内でもらえず、アメリカに。
そのバッファローの領事館でグ−ルドの死を知る!なのだ。

学生ヴィザをもらって再入国
82年10/7で83年6/30、83年5/27-9/16 
というのがこの3ページの歴史です。

1ページは日本の出入国のスタンプ。 モニカ
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