合い言葉GG
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☆マサコのプロフィール
13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
属性はシャーマン。


☆ミクシに習って、ぬさんからの紹介状
不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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母とパピヨン 

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曲目は違うけれど、シューマン夫妻の絵が良かったのでアップ。

幼い頃「私は死にたくなる時がある」と母に言った。
「きっと身体が辛いのよ」
と柔らかい声が返って来た。

もう少しして
「生きているのが嫌になる」と。
「生きているのが好きな人なんていないわ。
 みんな仕方がないから、生きているの」

他の親ならなんと答えただろう。
「贅沢言うな」
「情けない奴だ」くらいかな?

ラジオでシフの弾くシューマンの「パピヨン」の全曲を聴いた。
これは母の十八番だった曲。
私はこの年になるまで、母以外のピアノでこの曲を聴いたことがなかった。
そして正直、この曲は好きでなかった。

解説によると、20歳前のシューマンが、ある小説の場面で、若者が楽しむ様子を「蝶々にたとえて」作曲した、めっぽう楽しい青春を表現した曲とのこと。

母も自分の青春時代を思って弾いていたのだろう。
それは、野暮で嫌いな主人が人生にまだ登場していなかった娘時代、
4人の子供母親を24時間しなくていい昔のことだ。
せめて音の中でその時代に帰りたいからあんなに弾いていたのだろう。

母の弾くシューマンはシュナーベルが弾いているみたいだった。

お鍋が煮えるまで」とピアノに駆けつけ、すっかり黒焦げになったお鍋を見ても、お鍋に近い部屋にいた私を叱ることもなかった。

さて蝶は人に追いかけられるとき神経が緊張するだろうに、シフのパピヨンは膨らみがあって、蝶への憧れもなければ、焦りも憔悴もなかった。

それで初めて私は、シフと母の演奏時の状態の違いが演奏の違いを産むと知ったのだった。


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by mhara21 | 2016-04-10 23:44 | エッセイ | Comments(1)
Commented by mhara21 at 2017-01-23 12:29
今日は母の97回目のお誕生日です。
親不孝者の娘としては恥ずかしいことばかり思い出すので
朝から神妙な顔しています。
子供は親不孝するためにこの世に生まれてくるのでしょう。

台北に90年近く前に祖父母が建てた家が見つかってから
私の心はいつも母がピアノを弾いていた台北の部屋に飛んで行きます。
教授の娘を奥さんにしなかったばかりにパワハラで阿波丸に乗せられて
命を奪われた母の兄は、 音楽が大好きでピアノもよく弾いていたそうです。

この伯父が18歳の年に東京でブゾーニのゴルトベルクの楽譜を購入し、
台北の自宅に持ち帰ってきた時の様子は、映画のように想像することができます。

阿波丸が撃沈された4月1日は、
毎年奈良のお寺で犠牲者の供養が執り行われます。

今年の4月は3回目の台湾訪問となりそうです。 マサコ
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