合い言葉GG
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☆マサコのプロフィール
13才のときにグレン・グールドのピアノに 出会う。以来抱き続けたグールドに会うという夢を追って28才でカナダへ。後追い日記はその記録である。
属性はシャーマン。


☆ミクシに習って、ぬさんからの紹介状
不在の幻影から愛するひとを救い出し、グーグルキャッシュの中に愛のエクリチュールを刻印しつづける、GGの恋人。二人はもう触れあうことができないが故に永遠に惹き付けあうことができる、まるで恒星と惑星の関係のような、あらゆる恋人が夢見るユートピアに住むひとです。


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前夜祭1 ホロヴィッツ#2

今朝、ハングル講座を聴こうとしたら、いきなりショパンのピアノ曲が流れてきました。
あまりの下手さに、東洋の女流ピアニストのものを放送しているとあきれて聴いていたら、なんと「ホロヴィッツ」。
復帰後のカーネギーホールのリサイタルを年代順に追っている番組で、あなたの大嫌いな「コンサート・ゴウアー」の拍手とブラボーが一杯。
今は、フィッシャー・ディスカウの伴奏が続いています。
シューマンの「詩人の恋」は、韓ドラ風エレジーで、と思ったら、ロストロポーヴィッチのチェロが始まりました。

今年はホロヴィツ氏の生誕110年。
この番組は100年のお祝いをしたものの再放送。
今日は「ガラスのパート」の2回目でした。3回目は明日。

1976年5月18日、カーネギーホール85周年の記念コンサートで、珍しく、歌手とチェロ奏者と共演したもの。
とても楽しい演奏でしたよ。

3度引退とカムバックを繰り返したホロヴィッツ。

最後は1956年の録音のスクリャービンのピアノソナタ第3番。
ホロヴィッツの演奏で聴くのは初めて。
グールドの演奏しか知らなかったけれど、どうもあなたはホロヴィッツの演奏に聴き惚れて、
何から何まで、「ホロヴィッツそっくり」に弾けてしまったのでは?
ホロヴィッツはグールドより線が細く、小口になっているけれど、フレージングも間もアーティキュレーションも瓜二つ。
言葉もその意味の高め方も。

それよりも、このスクリャービンの名曲が素晴らしいので、ホロヴィッツの美しさでしか弾くことが出来ないのかもしれません。だとしたら、あな たは本当の才能持ちということですね。

あーあ、匹田剛先生のロシア語講座を止めて、この放送を聞いていたら突然、「気象警報」。


それにしても温和しいあなた。なぜ私がホロヴィッツの話をしているのに気にもしないのでしょう!
1982年10月、あなたの訃報を知って、1番にグールド家にお花を贈って下さったホロヴィッツ氏。

んでんで、私の事を書いてもいいかな?


ダ・カーポ

次の番組のダ・カーポの歌「夏の日の忘れもの」が流れていて、米国 シアトル州に在住の画家の方を思い出したの。
マサコのブログの紹介文。彼女はブログ「ダ・カーポ」の管理人なの。

ところで、私のラジオはワンタッチでNHK第1と第2、NHKFMが出るようになっていて、普段は第2放送しか押さないのです。
8時過ぎに慌てて最愛の講座「ルールで楽しく! ル・ル・ル ハングル」を聴こうとしたのに、この放送に導いたのはグールドとホロヴィッツの お2人?
だとしたら、お2人は生誕110年と81年を共にお祝いなさったのでしょうか?

私にとって偶然この放送を聴けたことは、謎だらけなのです。

最後に番組の終わりに1914年キエフでホロヴィッツの演奏を聴いた後、スクリャービンがホロヴィッツに贈った言葉を書きます。

「才能はあるが、どこまで伸びるか?
 沢山の試練に耐えて、沢山本を読み、絵を見て過ごしなさい」

あの世で31才。通算81才の誕生日を迎えるあなたが今年下さったメッセージは
「自分が立てられたかったら、まず人を認め、大切にすること」
なのかしら?


2013年9月4日記
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by mhara21 | 2013-09-23 00:00 | エッセイ | Comments(0)
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